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音楽

世界一意識低いクラシック名曲アルバム

スピ系作曲家「スクリャービン」の不思議なサウンドに、エクスタシーを感じますか?

author: 渋谷ゆう子date: 2023/10/07

エクスタシーという言葉から何を連想しますか? まずそこの定義を頭の中で一回整理しましょう。自分の知っている単語としてのエクスタシーってどういうことかが頭に浮かんだら、まずは文章を読む前に以下の楽曲を聴いてみてください。タイトルは「Le poème de l’extase(エクスタシーのポエム)」です。

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さてどんな感想を持ったでしょう。「これこそ私のエクスタシー!」と思った方もいれば、「俺が思ってたエクスタシーはコレジャナイ」という方もいるでしょう。はたまた「エクスタシーが何なのかわからない」という清純な方もいらっしゃるでしょうか。今回は「エクスタシーとは?」をスクリャービン先生と一緒に考えてみるという、オトナの回です。

アレクサンドル・スクリャービン

1872年
モスクワに生まれる

1888年(16歳)
モスクワ音楽院入学

1897年(25歳)
ピアニストのヴェラ・イサコーヴィチと結婚

1904年(32歳)
愛人タチヤナとかけおち

1908年(36歳)
「交響曲第4番 作品54 Le poème de l’extase」作曲

1910年(38歳)
「交響曲第5番 作品60火の詩」作曲

1915年(43歳)
敗血症によりモスクワで急死

あと先を考えない恋愛を楽しむ大作曲家気質

この楽曲を作ったアレクサンドル・スクリャービンは1872年にロシアで生まれました。ピアニストだった母親が自分を出産した後すぐに亡くなってしまい、本当のお母さんの愛を知らずに成長します。それでもそんな母からの才能を受け継いでいたのでしょう、スクリャービンは小さな頃から音楽が好きで、14歳の時に本格的なレッスンを受けるようになります。その後、モスクワ音楽院に入学して本格的にピアニスト、そして作曲家を目指しました。

この時の同級生にのちに作曲家でピアニストとなるセルゲイ・ラフマニノフがいました。小柄で虚弱体質のスクリャービンに比べて、ラフマニノフは大柄で手も大きく指も長くて、ピアニストとしての才覚も上だったと言われています。にもかかわらず、スクリャービン青年は精進し、ラフマニノフに続く次席でモスクワ音楽院を卒業しました。努力家なんですね。

左から二番目がスクリャービンで右から四番目がラフマニノフ

そんな才能と努力魂を持ち合わせた音楽家に、当時のロシアの富豪たちがパトロンとなります。作品を定期的に出版してくれる会社も現れて、順風に作曲家人生を歩み始めます。音楽院で教師の仕事にもつき、社会的な地位も安定してきました。そうなると、もうこの連載の愛読者のみなさまはお気づきかと思うのですが、やっぱりというか、もう当たり前かのように作曲家は恋愛に忙しくなります。

ユダヤ人であるヴェラ・イサコーヴィチと改宗してまで結婚していたのですが、あちこちで恋愛沙汰を繰り広げます。妻を伴って欧州各地でコンサートに行っていても、現地で楽しんでいらっしゃったり、はたまた音楽院の生徒に手を出してしまったり。もうご想像のとおり、今回も作曲家大先生はお忙しい恋愛遍歴をお過ごしだったわけです。ああ、もう。

スクリャービンとタチヤナ

しまいには、自分の妻ヴェラのピアノの先生の娘さんタチヤナに手を出した挙句、二人は駆け落ちのごとくロシアを出て欧州各国に移り住んでいきます。残された奥さんも、先生もほんとにたまったもんじゃないですね。こういう時、恋に溺れる人はもうどうでもいいのですが、残されたほうはどんな顔をしていたらいいのかと思います。愛人のお父さんも自分の生徒に申し訳ないし、妻のほうだって夫が自分の先生の娘さんと逃げていったのですから、怒りの持って行き場がないというものです。後先考えないでこういうことを衝動でしちゃえるところが、作曲家気質というかなんというか。

スピリチュアルに傾倒して独特なサウンドに

さて、そんなこんなでお忙しい中作曲を続けているスクリャービンなのですが、どうやらちょっとスピリチュアルに傾倒していたようです。作曲をはじめたころは、いわゆるそれまでの古典的な西洋の音楽を作っていたのに、だんだんとその手法から離れていきます。近代神智学を創唱したヘレナ・P・ブラヴァツキーの考え方が気に入っていたようで、これが作品に影響してくるようになります。

特に、神秘和音とよばれるちょっと変わった響きのある不思議な和音を作品に入れるようになり、独特のサウンドを作り始めます。また、スクリャービンは共感覚を持ち合わせていて、自身の音と色の感覚を組み合わせた“色光ピアノ”の使用をはじめます。色光ピアノとは、鍵盤を押すと音ひとつひとつに異なった色が発光するように仕掛けられたもの。演奏するとピカピカ光るのですから、それ何のポップスの舞台装置かなという塩梅ですが。残念ながらこれを用いて「交響曲第5番 作品60火の詩」のコンサートで使用を予定していたのに、装置の故障でできなかったということで、なんとなく残念なようなホッとしたような。

現在でも電子キーボートと舞台照明がリンクする仕掛けは、コンサートの演出として使われていますので、スクリャービンの着想があながち間違っていたわけではありません。面白いのは楽譜上に色が記載されていたというところでしょう。

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スクリャービンの楽曲はエロいのか?

そんな色恋と色彩とスピ系スクリャービン先生の面目躍如とも言えるのが、冒頭のエクスタシー楽曲ということになります。はい、ここで質問です。みなさま結局のところどうでしたか?

これは何も読者のみなさまの昨夜のあれこれをお聞きしているのではなくて、いや、自分のあれこれを思い出してもらってもいいのですが、そうではなくて。この音楽で表されているエクスタシーの感覚を、性的な快楽、絶頂を念頭に置いて聴いてみた方は、それにしっくりきたでしょうか?

音楽や演奏を褒める時、しばしば「エロい」という言葉で称賛をすることがあります。いわゆるセクシーさはある種、音楽、芸術に含まれた人間味であり、そこにこそある機知が人の心を動かすことは確かです。まあ簡単に言っちゃうと、エロいはイケてるってことです。そう考えると、この「エクスタシーのポエム」はどうでしょう。エロさありました?

およそ20分の交響曲の中で、上がったり下がったりのうねりを繰り返して、大盛り上がりでトランペットがパーパー吹き鳴らして甲高く落ち着かない感じが興奮といえばそうかもしれません。スクリャービン先生の夜のあれこれがこんなのだったと言われたら、はいそうですか、私の好みとは違いますねというしかないのですが、ちょっとそれをイメージしにくいというのはよく聞く感想です。

ある人は、この曲の盛り上がりと最後のクライマックスが自慰行為にしか聞こえないといっています(念のためこれ私ではないです)。なるほど、この楽曲そのものは相手を慈しんで互いに愛を育む行為ではなく、自分で好き勝手にヤってる満足感を感じると。深いですね。オトナですね。そこまでこき下ろさずとも、この曲からセックスそのものをイメージできないという意見も多くみられます。ですからむしろこれは、動物的な身体感覚というよりも精神的なものではと捉えることもできるわけで。あちこちで女性に手を出しまくっていたスクリャービン先生の性生活側面ではなく、スピ系まっしぐらな方の感覚では? という感想がでてくるわけです。

身体的なエクスタシーと精神的なエクスタシー

実はこの楽曲「交響曲第4番 作品54エクスタシーのポエム」は、日本語訳として「法悦の詩」という単語が当てられています。法悦というのはもともと仏教用語で「仏教の教えを聞いて喜ぶこと」を意味します。それが転じて、なんらかの状態において生じる恍惚感、つまりエクスタシーを意味する場合もあります。つまり、この楽曲に含まれているであろう、なんらかのスピリチュアルな意味合いと、もしかして性的な意味があったとしてもそれをひっくるめた意味を持つ単語をうまいことあてている、ということです。

英語のエクスタシーも、身体的な快感の絶頂という意味だけでなく、宗教的儀礼などで得られる神秘的な心境という意味もあるというのですから、つまりまぁそういうわけなんです。

この楽曲のタイトルだけをまず知っていて、それがセックスでの快楽だけかと思って聴いてみて、やっぱなんか違うなと思ったみなさまの感覚はしごく真っ当であり、音楽鑑賞として正解! っていうことでもあります。エロも人それぞれ、スピリチュアルもそれぞれであります。クラシック音楽鑑賞って難しいようですけど、意外と自分の感覚に正直でいいって思いますね。思いますよね!? と押し付けたところで、本日のエクスタシー講座を終了したいと思います。誠にご清聴ありがとうございました。

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音楽プロデューサー
渋谷ゆう子

株式会社ノモス代表取締役。音楽プロデューサー。執筆家。オーケストラ録音などクラシック音楽のコンテンツ製作を手掛ける。日本オーディオ協会監修「音のリファレンスシリーズ」や360Reality Audio技術検証リファレンス音源など新しい技術を用いた高品質な製作に定評がある。アーティストブランディングコンサルティングも行う。経済産業省が選ぶ「はばたく中小企業300選2017」を受賞。好きなオーケストラはウィーンフィル。お気に入りの作曲家はブルックナーで、しつこい繰り返しの構築美に快感を覚える。カメラを持って散歩にでかけるのが好き。オペラを聴きながらじゃがいも料理を探究する毎日。
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