「夜更かしは身体に良くない」と言われるけれど、夜の時間ってなんだか特別感がある。今日はまだ眠れない。そんな夜、あなたはどう過ごす?
自宅でゆっくりするもよし、知らない街で遊んでみるもよし。ついついやってしまう夜更かしルーティーンがある人も多いのでは。kerocchiさんが綴るのは、締め切り間際の夜について。

kerocchi
1997年西宮生まれ。kerocchiという本名で活動。グミを買いすぎて借金がある。生活を送る上で生まれる自分で捉えられないモチャモチャした気持ちの悪い感情を主にコラージュや文章の中に再構築し、自分を把握、認識しようとしている。好きな接続詞は「しかしながら」墓に刻みたい言葉は「ダサいところに蓋をしない」。
X:@_kerocchi
Instagram:@kerocchi22
YouTube:@kogatofujita
夏休みの最終日に『スーホの白い馬』を35回連続で音読して母親を泣かせたことがある。僕はそのくらいやらなきゃいけないことを後回しにしてしまう悪い癖があって、それは音読をしなくてよくなった今でもまだ治っていない。
大学生の頃は、誰かに見せることを想定して制作をしていなかったので締め切りという概念が存在しなかったが、東京に来てからはZINEを作ったり、グループ展に参加したり、仕事をもらったりすることで必ず締め切りが迫ってくるようになった。
その度に、次からは絶対にもっと早く準備しようと心に誓うのだが、目先の欲求に弱い僕は忍者図鑑のすいとんの術のページに付箋を貼ったり、信号待ちをしている親子のベビーカーの赤ちゃんに小さく手を振ったり、バイト中にバレないギリギリの音量の屁をこいたりしているうちに期日がもう間近!! ということになってしまう。
そんな時は、夜通しで制作を行う。みなさんがご存知の通り、僕の部屋の隣には10分に1回のペースで奇声を発する外国人が住んでいるし、上の階には7日に2回のペースで女の子を連れて帰ってくる大学生が住んでいて、やがて卑猥な声が漏れ出してくる。それ自体は面白いから普段はヒーリングミュージックとして聴かせていただいているのだが、制作をしているときはさすがに集中できないので、いつもお気に入りのカセットプレーヤーで音楽を聴きながら作業を行う。
これは自分の意識の差でしかないのかもしれないが、音楽を聴きながら作ったコラージュには何か画面上には見えない膜のようなものが張る感じがある。ザ・スミスを聴きながら作った時とデヴィッド・ボウイを聴きながら作った時の膜の張り方は違う。

お気に入りのカセットプレーヤー
そもそもコラージュを作り始めたのは大学2年生の頃で、友達がおらず時間だけは有り余っていたので、毎日1作品を作ることを自分に課して単純計算で3年間で1095枚ほどの作品を作った。先ほど述べたように誰かに見せるために作ったわけではないから、そのほとんどを実家のゴミ箱に捨ててしまった。
コラージュはカッターと糊と写真や雑誌などの素材があれば誰でも簡単に安価で始められるし、0→1ではないので美術が得意かどうかは本当に関係がない。

そして制作としての側面だけでなく精神安定剤的な要素も大きい。(実際にコラージュ療法という心理療法があり、コラージュを行うことで心の癒しや内面の探求、自己理解につながる効果があるとされている。)コラージュを作っている時は"何も考えない"ということができるので夜中にグルグルと考え事をしてしまう人にはめちゃくちゃおすすめだ。何も考えずただ素材を切って気持ちいいところに貼るという行為は、感情とかなり遠い行為であると思うのだが、不思議と作品には感情の中でも1番ツルツルした部分が真っ直ぐに映し出される。


kerocchiのコラージュ作品
そんなことを考えながら制作していたら、大抵は3時半とか4時とかになっていて、一息つくために散歩に出かける。コラージュが自分の輪郭をはっきりさせる行為であるのに対して、夜の散歩は自分の輪郭をできるだけぼやかす行為だ。
散歩をするときは毎回同じルートを歩き、同じ坂を登り、同じ川を眺める。同じルートでも、ある日は猫の親子が走っていたり、ある日は晴れているのに濡れた花束が落ちていたりと毎回新しい発見があるのが面白い。輪郭を溶かしながら歩みを進めるとやがて自分は液体に変わっていく。自分と世界との境目が消えて、街へと溶け出していく。父親に言われた暴言もあの子につかれた嘘も全部溶けて無重力となる。思考は京王線に乗って東京を飛び出し、日本、アジア、そのはるか遠くの銀河へと向かう。

_________朦朧とする意識の中で朝刊を配りはじめるバイクの音が聞こえてきて、道で横たわり寝てしまっていたことに気がつく。僕は急いで立ち上がり、自分が個体であることを確認する。よかった。全部元に戻ってきている。急いで家に帰らなければ。また締め切りが迫ってきている。朝までに文章を書き上げてBeyond magazineに提出しなければならないのだ。