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香りの世界への誘い

海を越えてやってきた日本の香り

author: なかやま ひろdate: 2021/08/22

「捥いだ花を嗅いでみて。」と私に摘み取ったばかりのラベンダーを差し出すのは、訪問した農園のオーナーさんでした。お刺身にシソの風味を加えるとき、添えてあるシソの実を捥ぐのと同じです。そうだった、ラベンダーってシソ科だったんだ!と思い出しました。6 月、突如ラベンダーが脳裏に浮かび、いても立ってもいられず、友人・知人に声をかけ、ラベンダーの香りについてリサーチを開始しました。毎年見頃の 7 月後半、取材を兼ねて富良野に飛んでみました。

南仏のラベンダー、日本に到着

日本でラベンダーといえば、富良野。その歴史は 90 年近く、南仏から日本へラベンダーがやってきたのは 1937 年のこと。

大正時代、日本の香料会社は輸入に頼っていたそうです。その中のひとつ曽田香料は 1915 年頃から香料の国産化に取り組み始めました。その背景としては戦争で合成・天然ともに海外からの輸入が困難になってきたためです。

国産化をするにあたって、選ばれた香料はラベンダーとハマナス(北海道)、べチバー(八丈島)、芳樟(鹿児島)、ゼラニウム(瀬戸内海)でした。日本の統治下にあり、曽田香料もオフィスのあった台湾では、樟脳、シトロネラ、ジャスミンの香料の国産化に臨みました。これらの香料の選択の背景には、香料植物の入手、栽培可否に加え、コストの低さ、蒸留が可能、水蒸気蒸留が条件にあったそうです。

ラベンダーといえば富良野?

日本のラベンダーは、前述の曽田香料の創始者が香粧品用の国産香料栽培の目的で、1937 年(昭和 12 年)にフランスからラベンダーの種 5kg を入手したことから始まります。その後、北海道、千葉、倉敷など全国の農業試験場で試験栽培が行われ、北海道が気候的に生育に適していることがわかりました。1939-40 年、同香料会社により札幌のハマナス農業地横でラベンダー栽培が開始されました。現在、日本産ラベンダーで知られている土地は富良野ですが、実は札幌の南の沢が発祥の地となります。

1942 年には日本で初めて蒸留によるラベンダーオイルの抽出に成功します。上富良野での委託栽培開始が 1948 年。富良野地方での本格的ラベンダー栽培開始は 1952 年のようです。ちなみに、ラベンダー畑の王道と言われている農園・ファーム冨田の歴史は 1958 年頃から始まりました。

ラベンダー発祥の地碑

ラベンダーの国内栽培が最盛期を迎えたのは 1970 年頃。当時、富良野地方全体で 230+ ヘクタール 、約 250 戸の農家が栽培を手がけ、北海道全体(大半が富良野地方)のラベンダー精油生産量は 5 トンと記録にあります。しかし、数年後の 1972 年には安定供給が可能な合成香料の技術進歩と貿易の自由化による安価な輸入天然香料の台頭で、国産天然香料の需要が減少し、香料会社のラベンダーオイルの買い上げ価格が下がり、採算が取れない農家はラベンダー畑を畳んでいき、富良野地方のラベンダー畑だけが残る形となりました。

それでも、香料会社によるラベンダーオイルの買い上げ中止などで、富良野でのラベンダーも徐々に姿を消していきました。そんな状況下でも、ラベンダー栽培の再生を模索する農場が栽培を継続していたから今の富良野のラベンダー、日本産ラベンダーがあることは注目に値すると思います。

富良野のラベンダー畑が注目されたのは、1976 年に国鉄のカレンダーへの掲載により全国に紹介され、観光の面での知名度と価値観が高まり、次第に観光客が訪れ始めます。しかし、香料作物としてのラベンダー栽培に限界があり、これをきっかけに、富良野のラベンダーの観光化が始まります。ファーム富田の訪問者は、入場無料のため正確な数字は分からないとのことですが、概算で年々数万人ずつ増加しているようです。

現存する多くのラベンダー農園は、大手や市町村で管理運営されていて、個人の農園は数えるばかり。そのひとつ、今回訪問した農園では、ラベンダー摘みが体験できます。オーナーは、趣味で通い続けたラベンダー農園の存続を助ける目的で 10 年前に引き継ぎ、一からラベンダーを勉強したそうです。時代の波に翻弄された富良野のラベンダーを、品種の特徴、剪定の仕方、育て方など体験を通して、自分なりの理解をしてもらえればと話していました。ラベンダーは「木」であることも体験することで実感できます。

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意外と知らない「ラベンダー」の香り

多くの皆さんに馴染みのある香り、ラベンダーはアロマテラピーでもさまざまな用途に広く使われます。トリビア的情報ですが、ラベンダーはシソ科の植物で、主にフランス、イギリス、ブルガリアが産地となります。アロマテラピーでは花と葉から抽出した精油を使用します。特徴成分はラバンジュロール、主な成分は酢酸ラバンジュリル、酢酸リナリル、リナロールです。学名の「Lavandula」はラテン語の「lavo(洗う)」や「lividus(青みがかった鉛色)」に由来すると言われています。

香りの機能としては、穏やか、リラックス、清潔、鎮静、抗菌、安眠と言われております。(出典:日本アロマ環境協会、アットアロマ他)ですが、ご自身の“鼻”で確認いただきたいと思います。

一言でラベンダーと言っても、品種改良が盛んに行われ、交雑種も生じやすいため、多くの品種があります。富良野で栽培されているラベンダーは、おかむらさき、はなもいわ、ようてい、のうしはやざき 、ラバンジンなど。「嗅ぎ慣れた香り」として国内で流通されているラベンダーオイルはヨーロッパ産のラバンジン  (真正ラベンダーとスパイクラベンダーの交配種)の場合もあり、国内産、ましてや品種ごとの流通はかなり稀。よって、日本産ラベンダーオイルの香りは、ファーム富田によると、「品種によっても特徴はありますが、“どこか少し違う香り”として感じられると思います」

ファーム冨田 蒸留所

ヨーロッパのラベンダーと日本のラベンダーは、どこが異なるのか? 曽田香料の調香師 佐野さんにお話を伺ったところ、「作物ごとの差異、抽出工程・方法の差異が容易に想像されるため、分析結果から成分の差を比較するのは難しい」とのこと。

しかし、あえて分析結果から成分的な傾向をあげるとすると、北海道のラベンダー精油はリナリルアセテート及びフルーティーなエステル類が多く、一方、ヨーロッパのラベンダーによく出てくるシネオール、カンファーなどの成分が少ない傾向があります。

と言っても、化学成分名を出してもわからないと思うので噛み砕くと、「北海道のラベンダー精油は、薬っぽいハーバル感やポプリのようなドライな部分が少なく、フルーティー、フローラルな甘さと、リーフィーなグリーンノートが強く感じられる傾向があると思います」と説明いただきました。

この説明を伺う前に、ラベンダーの香りの聞き比べを行ったところ、私には「おかむらさき」の最初の印象がみずみずしいフルーティーでした。私の嗅覚が記憶している香りではなかったことに衝撃を覚えました。多分、皆さんの知っているラベンダーではないと思います。

中富良野町営ラベンダー園「美郷雪華(みさとせっか)」

日本産ラベンダー

さて、何を持って日本産ラベンダーと言えるのでしょうか。同じ種子であっても土や気候によって、全く同じラベンダーが作られるわけではありません。

日本でのラベンダーの品種改良は、北海道大学との協力のもと行われたようで「当初、栽培地域を選定した際には気候への順応性が重視されましたが、その後の品種改良においては、品質、採油量、採油率、採油時期などの視点から改良が進められたようです」と佐野調香師。現在、日本で一番栽培量の多いラベンダーは「おかむらさき」です。品種改良の結果、最も高く評価されているハーブであり、フランスアルプスなどの地中海沿岸地域で野生種から育つ真正ラベンダーに一番近い品種となったということです。

古代から何世紀にもわたって使用されてきた品種に近いものを環境の異なる土地で品種改良の結果生み出せたことは非常に興味深く、浪漫を感じます。

気候的に北海道が適しているとはいえ、南仏のラベンダーと異なり、北海道のラベンダーは雪の下で越冬することが余儀なくされます。雪の布団にくるまることにより、冷たい外気を妨げ、根を凍害から守ることができます。育つ環境が南仏と異なれば、同じ種でも香りは同じものにはなりません。

どんな植物にも言えるとは思いますが、ファーム冨田によると、富良野のラベンダーはオイルのような加工品用というより、見せる畑であるため、お花を楽しみにお越しいただく皆さんに「癒し」を提供できるように日々の栽培を行っています。そのため、天候を考え、花の状況を見て、草取り、肥料、防除、刈り取り等決めていくことに注力しています。

また、大手の農園でも人手不足が直面しているチャレンジです。手でラベンダーの株回りの草取りをしており、根気が必要な農作業です。

「おかむらさき」

香水でのラベンダーの活躍

ちなみに、消費者に馴染み深いラベンダーですが、それ自体が主軸となった香水はほぼないです。フゼアの香りの基調として活躍するため、ラベンダーが私たちが知っているラベンダーらしく感じられる香水はニッチでも珍しく、日本でも入手可能な香水ですと、「Histoires des Parfums 1725 Casanova」あたりでしょうか。香りの後ろの方にラベンダーを少しだけ感じられます。

あくまでも見せるために栽培されている富良野のラベンダーは、見頃が終わった時期  7 月後半から 8 月に刈り取り、蒸留をしています。株の大きさにもよりますが 1 ヘクタールあたりだと 300-500㎏ ぐらいの量が収穫できるようです。また、約 4 トンのラベンダーで 40 リットルのオイル抽出できる(年によってばらつきあり)と。

香りのパレットとしてはフランスのラベンダーとは同じとは言い難く、またスタンドアロンしない、ブレンドしやすい香料ですから、日本のラベンダーとして観光ラベンダーだけでなく、作物ラベンダーとして再生の道はないのでしょうか。

ラベンダーはユニバーサル?

自分で摘み取った日本のラベンダーの香りに包まれる部屋で、この記事を書きながら、ちょうど 5 年前の出来事を思い出しました。ラベンダーが生育されていないインド出身の調香師がフランスでトレーニングを受けた時、周りの調香師の卵はすんなりと香りを自分のものにできたのに、彼女にはラベンダーの香りの記憶がなかったために、表現に苦労したと話していたことを。

今まで記憶にあったラベンダーの香りは、富良野に飛び初めて目にした畑、風に漂う香り、視覚と嗅覚で日本の香りとして置き換えられました。皆さんにも、来年のラベンダーの時期に紫に覆われた富良野で、ご自分の“鼻”で感じて欲しいですね。

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香りのコミュニケーター
なかやま ひろ

香りのコミュニケーター。Project Felicia 代表。ニューヨーク・ロサンゼルス・パリ・シンガポールと海外でのキャリアが長いマルチワーカー。元広告代理店 IW Group、JWT、Burson-Marsteller、元人材会社デジタル担当、元香料会社ジボダンマーケティング担当。2017 年夏、活動拠点を日本に移し、日立製作所、Google、現在外資 CRM 企業会社員。「源氏物語が体験できるお香『Six in Sense』」を自社ブランド「Bridge and Blend」でプロディース。クラファン「Kickstarter」と「Makuake」でチャレンジ。五感を使ったマーケティングが求められる今「香り」の可能性を日々追求中。
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