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忘れえぬ言葉たち #2

maco maretsが選ぶ秋のさびしさに寄り添ってくれる5冊

author: maco maretsdate: 2024/10/20

Beyond magazine読者のみなさん、こんにちは。ラッパー/詩作家として活動しているmaco maretsです。ようやくつらい暑さがやわらいで、最近はすっかり秋の気分! 肌に触れる空気もしんと涼やかです。

わざわざ「読書の秋」なんて常套句を持ち出すこともないけれど、ゆるやかに張り詰めていく季節のあわいの静けさは、1冊の本と、そこに立ち現れる言葉の数々と向き合うのにぴったりな時間を用意してくれるような気がします(ちゃんと「向き合う」ことができるかどうか、それはまた別のお話しとして……)。

今回ご紹介するタイトルは、いずれも立秋の空と呼応するような、ある種の寂寥(せきりょう)を共通のムードとして抱いているものばかり。心地よい孤独のひとときに寄り添う作品たちです。

maco marets

1995年福岡生まれ、現在は東京を拠点に活動するラッパー/詩作家。自身7作目となる最新アルバム『Unready』に至るまでコンスタントに作品リリースを続けている。

Instagram:@bua_macomarets
X:@bua_macomarets

“虚構の”注釈? チャレンジングな新訳『土左日記』

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堀江敏幸 訳『土左日記』(河出文庫, 2024)

「なんだ、いきなり古典か」とさっそく読み飛ばしかけたそこのあなた! 気持ちはわかります。かくいうわたしも正直、「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」という、有名な冒頭の一節をなんとなく知っている程度でした。

ところがこの新訳版は愛読している作家のひとりである堀江敏幸先生(代表作に『おぱらばん』『雪沼とその周辺』『河岸忘日抄』など)が現代語訳を手がけたというので、ね、まさかと思いつつ手に取ったわけです。

実際読み進めてゆくと、これがただの現代語訳版とは一味違う! 作品の随所に、書き手である紀貫之の心情を想像して書かれた虚構の(ここでは訳者の創作によるものという意味です)注釈が書き込まれ、さらには「緒言」と「結言」(まえがき、あとがきのようなもの)がまるまる追加されている。

これらのテキストは原文には一切含まれていないわけで、そこでは「意訳」というのも少し異なるような、ラディカルなかたちで「現代語訳」された『土佐日記』が展開していきます。

「そこにあるものをあると言わず、ないものをないと言わない、このふたつの眼差しのかけあわせこそが、心と言葉を引き離すために欠かせない、語りの、もしくは騙りの大切な軸なのである」(本文 p.20)

なぜ紀貫之は「男もすなる(…)」という書き出しでこの作品を書かねばならなかったのか? その表現の背景に迫るため、現代に編み直された新たな「古典」。メタにメタが重なっていく、スリリングな読書体験がそこにありました。

※『土左日記』ワールドをより堪能したいなら、角川ソフィア文庫から出ている『土佐日記(全)ビギナーズ·クラシックス 日本の古典』(KADOKAWA, 2007)を併読するのもおすすめ。こちらは原文がすべて掲載されているだけでなく、作中歌、掛詞などの詳細な解説、また地図資料も付いています。

ハン·ガン作品翻訳者が解きほぐす韓国文学と歴史

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斎藤真理子『隣の国の人々と出会う 韓国語と日本語のあいだ』(創元社, 2024)

前回ご紹介したハン·ガン著『ギリシャ語の時間』のほか、本国で大流行し映画化もされた『82年生まれ、キム·ジヨン』。これらの韓国文学の翻訳を数多く手がける著者が、「韓国語と日本語のあいだ」をテーマに書き下ろした1冊。

2024年現在、韓国のポップカルチャー、そして韓国語/朝鮮語はわれわれにとって非常に身近な存在です。いまやK-POPはグローバルな人気を誇っていますし、韓国産の映画、ドラマなど公開されるたび話題になりますよね。

わたし自身も前述のハン·ガン作品ほか韓国の作家の作品を愛読していたり、アイドルやロック、ヒップホップなどジャンル問わずさまざまなアーティストの音源を聴いたりと(多くの場合翻訳を通してはいますが)それらの言語に親しむ機会があります。

とはいえ、日本と韓国/朝鮮半島、日本語と韓国語/朝鮮語との関係は、容易にときほぐすことのできない、複雑に絡み合った歴史のうえにあります。今現在まで残るしこり、その実態をないものとして目をつぶることはできません。

本書は両者のあいだに横たわる歴史の一端と、言葉との関係を紹介しています。日本による植民地支配とそれに続いて起きた南北の分断、さらには在日コリアン問題まで。韓国文学の紹介者としてふたつの言語のはざまに立ってきたからこそ、著者はそこに存在する亀裂と「敷居」を強調せずにはいられません。それでも、その「敷居が二度とつくられないようにという願いのために」隣国の言葉を学ぶ意義はある。そうも述べられています。「人を殺さない言葉を見つけることができれば」と。

決して明るい話題ばかりの本ではないけれど、われわれが異なる言語、歴史のあわいで生きていくために必要な道を照らし出してくれる、灯火のような1冊だと感じます。巻末のブックガイドもとても参考になりました

つぶやきのような詩に凝縮されたおかしみとかなしみ

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R・ブローティガン 著/中上哲夫 訳『リチャード・ブローティガン詩集 突然訪れた天使の日』(思潮社, 1991)

こちらは『アメリカの鱒釣り』『西瓜糖の日々』といった小説でも広く知られるアメリカの作家、リチャード·ブローティガンによる詩作品集。『突然訪れた天使の日』、そのタイトルだけでもう、ああ素敵だなあ、なんて思ってしまうわたしです(ちょろすぎるかしら?)。

はじめてブローティガン作品に出合ったのはたしか大学生のころ。そのときは断片的な思弁とエピソードとを羅列していく、コラージュのような筆致をうまく捕まえることができなかったけれど、多少の年月がたった今はその切れ切れな言葉の紡ぎ方こそなにより魅力的に思うようになりました。たとえば、こんな詩。

「男がふたり車から降りる。
そして車の脇に立っている。ふたりは
ほかにどうしたらいいかわからないのだ。」

(本文 p.13「男がふたり車から降りる」)

この短い詩のなかで描かれているのは、車のそばで立ち尽くす2人の男の姿。それだけ。2人はどこからやってきたのか? どうして車を降りたのか? なぜ「ほかにどうしたらいいかわからない」のか? なにもわかりません。ただ、途方にくれた人間たちがそこにいるということ。それがこの詩のすべてです。その情景が、なぜか強烈な印象となって残る。

本書『突然訪れた天使の日』に収録されている詩の多くはとても短く、ちょっとしたひとりごとのような、誰にともなく放たれたつぶやきのようなものばかりです。そこに凝縮されているのは、生きることのおかしみ、そしてかなしみ。軽妙·ナンセンスなようでいて、引き裂かれるような痛みの感覚が随所にある。だからこそ、どうしようもなく心惹かれてしまうのです。

「ここにすばらしいものがある。
きみがほしがるようなものはぼくには
   ほとんど残っていない。
それはきみの掌のなかで初めて色づく。
それはきみがふれることで初めて形となる。」

(本文 p.47「ここにすばらしいものがある」)

人生相談って面白い? と思っているあなたへ

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山下澄人『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』(平凡社, 2023)

ふだん「人生相談」とタイトルにあるような類の本にはいまいち手が伸びない、と言うと共感してくれる方もいるでしょうか。もちろん日々悩むことはあるけれど、「人·生·相·談」、その4文字を恥ずかしげもなく掲げるような書物のなかに、生きるヒントなど見つかるだろうか? とまあひねくれた気持ちでスルーしてしまうのです。

ここでご紹介する『おれに聞くの?』は、芥川賞作家の山下澄人がWebで寄せられたさまざまな悩み、質問に答えていくもの。たまたま古書店で見かけて手に取ったのですが、タイトルに「異端文学者」とあるように、著者の小説は一般的な創作のルール……人称の設定、時制、関係詞の使い方や……想定されるあらゆる法則から逸脱するような、タガが外れたような文体が特徴。

まさか「人生相談」の本を出すような書き手ではないだろうと思っていたら、著者も前書きで「人生相談などというつもりはまったくなかったし、今もない」と書いていて、それが逆に興味をそそりました。

政治や環境問題について考え続けるメリットは? と問われれば、「わたしたちは一つ残らず壮大だからすることのすべてが後の何かにつながっている。メリットだのデメリットだのというそんなセコい話ではない」(本文 p.28)。

趣味や仕事においてモチベーションが保てない、という相談には、「やればできます。(中略)いずれ死にます。」(本文 p.32)など、これはちょっと乱暴な引用だけれども、だいたいがこんな調子です。

質問者の「不安」や「疑問」をひょいひょいっと解体してゆく、とぼけているようで、でも間違いなく真摯な、著者ならではの言葉で綴られる回答の数々がとにかく痛快。まさに「異端」の人生相談書! もしかしたら、あなたの悩みも軽ーく吹き飛ばしてくれるかもしれません。おすすめです。

優しくてわがままで傷つきやすいユースたちの物語

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マリコ タマキ 作 ジリアン タマキ 画/金原瑞人 訳『Roaming ローミング volume 1 / 2』(TWO VIRGINS, 2024)

最後にコミックをひとつ、前回は国内のシリーズだったので今回は翻訳ものをご紹介します。カナダ出身、実の従兄弟同士だというマリコ タマキ&ジリアン タマキのコンビによるグラフィックノベル『Roaming』。ライターの竹田ダニエル氏の紹介コメントをきっかけに手に取ったのですが、これがまたなんとも言えず甘酸っぱい作品で、よかった。

本作は3人組の大学生、ダニエル、ゾーイ、フィオナがニューヨークを訪れる場面から始まります。ダニエルとゾーイは高校時代の親友同士で、大学進学を機に離れ離れになっていました。再会を喜ぶふたり。ところがゾーイはだんだんとダニエルが連れてきた大学の友人·フィオナに惹かれ始めーーといったお話です。

とくに好ましく感じたのが、若者らしくどこか不安定な、主人公たち3人それぞれのキャラクター。3人ともが、優しさと、わがままで傷つきやすい一面の両方を持ち合わせていて、その等身大なでこぼこぐあいがなんとも愛おしいのです。

物語中、つぎつぎと立ち現れる三者三様の表情のなかには、誰しもがどこかで鏡合わせの自分を見出すのではと思います(ちなみにわたしが最もシンパシーを感じたのは、真面目で内気、でも冒険だってしたいお年ごろ! なダニエルでした。皆さんもぜひ自分に似ているキャラを探してみてください)。

また、薄いパープルとオレンジ、どこか夢のなかのような色調で塗られたグラフィックも素晴らしい。デフォルメされたポップなトーンながら、丁寧に引かれた線が人物やシーンのひとつひとつをリアルに感じさせてくれます。

可愛い絵だな、と思っているところに突然写実的な1コマが差し込まれてくるなど(volume 2 後半のとあるシーンにはドキッとしました)、読んでいてとにかく飽きることがありません。海外コミックにはあまり馴染みのなかったわたしですが、この作品をきっかけにもっと色々な作品に触れてみたくなりました。

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ラッパー・詩作家
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1995年福岡生まれ、現在は東京を拠点に活動するラッパー/詩作家。自身7作目となる最新アルバム『Unready』に至るまでコンスタントに作品リリースを続けている。
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