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Interview

パナソニックが賃貸住宅用に本気を出した!

スリム食洗機の奥行き約5cm減少に掛けた開発陣の攻防

author: 東 春樹date: 2021/11/15

パナソニックが賃貸住宅の住まいにも設置しやすい食器洗い乾燥機を発売した。もっとも大きな特徴がこれまでのレギュラータイプと比較して、奥行きを約5cm減らし、29cmに押さえるように再設計したこと。たかが5cm、されど5cm。結局、ほぼ中身の部品ひとつひとつまで全て見直さなければならなかったことなど、その開発設計は難航したという。ここではその様子などをあらためて開発陣に振り返ってもらい、パッと見ただけではわからない、スリム食洗機のすごさを感じてもらおう。

──改めて、今回発表された「スリム食洗機」の開発経緯について振り返ってもらえますか。

山田(商品企画) プロジェクトがスタートしたのは2018年秋でした。もともとパナソニックの食洗機事業は、「ビルトインタイプ」と、キッチンに後付け可能な「卓上タイプ」の2つを軸としてきましたが、共通のミッションとして「国内における食洗機の普及率を上げていく」ことを掲げています。

パナソニックは業界最薄とする奥行き29cmの卓上型食器洗い乾燥機「NP-TSK1」を11月15日に発売。価格はオープンプライスで、店頭予想価格は7万1000円前後(工事費別)。

極端な話、利益を稼ごうとか、高性能な製品を作ることはあくまで「手段」であって、まずは食洗機をどんどん家庭に普及させていきたいという思いがあるのです。内閣府の調査によると、食洗機の国内普及率は2020年で27%程度と言われています。

その一方で、食洗機が欲しいという声も多いです。多くの人が導入を検討しながら、3割に満たない普及率となっています。

設置のハードルを上げる要因の1つは住居の形態でした。「持ち家」の家庭と「賃貸」の家庭で、普及率に大きな差があったのです。27%とただでさえ低い普及率は、賃貸に限ると約6%程度まで下がってしまいます。その最大の原因は「食洗機を置く場所がない」ことでした。

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 冷蔵庫・食洗機BU 商品企画部 山田 恭平氏

賃貸に住んでいる人は、食洗機がいらないわけではないんです。めちゃくちゃ買いたいし、検討もしたけれど、結局「サイズ」の問題で、断念せざるを得なかった。であるならば、我々としてはまず「賃貸住宅に置ける」食洗機を作らなければいけないと、改めて決心したのです。

徹底リサーチで見つけた食洗機の「居場所」

山田(商品企画) ここでもう1つ重要だと考えたのは、賃貸住宅に置ける食洗機を作るからといって、ただサイズを小さくすればいいわけではないということでした。サイズが小さくなるだけではなく、どういった形であれば賃貸住宅に置けるのか。

試行錯誤した結果、導き出した食洗機の最適な居場所が「シンクの横」でした。食洗機を使う人は食器を多く使う人、つまり料理をする人です。にもかかわらず、これまでの食洗機の主な置き場所は「調理スペース」だったのです。本来であれば、調理スペースはその名の通り調理をする場所として空けておきたいはず。ならば、もはや食洗機の居場所はシンクの横にしかないだろう。そんなニーズが、アンケートだけでなく、ユーザーへのインタビューを何件も行うことで見えてきました。

そして、賃貸住宅のシンク横に食洗機を置くためには、本体の幅をなんとしても「29cm」にしなければならないと考えました。

合言葉は「29センチ」。長い開発の道のりがはじまった

──29cmとなると、現行モデル(レギュラータイプ NP-TZ300)から約5cmほど削らなければなりません。この提案が商品企画から降りてきたとき、技術やデザインの方々は率直にどのように感じましたか。

後藤(技術) 最初にこの構想を聞いた時は「なに言ってんねん」と思いましたね(笑)。というのも、食洗機のサイズは「食器のサイズ」に依存するところが大きいので、そんなに簡単にサイズを縮めろと言われても難しいのです。もう一回考え直してくれと言いましたが、必死にユーザーリサーチを重ね、新たに導き出したニーズと細かな数値まで用意してきた山田の決心も強く、泣く泣く「そこまで言うならやってみようか」となりました。

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 キッチン空間事業部 冷蔵庫・食洗機BU 食洗機技術部 後藤 惇氏

細田(デザイン) 今回の食洗機の場合、食器点数をベースに考えると、ビルトインタイプの方式に近い設計なのではと思いました。

ビルトインの場合、キッチン内の決められたスペースの中で、どれだけ食器を入れられるかを調整しながらデザインも考えますが、卓上型の場合は、大型·スリム型などのタイプはあれど、スペースに制約を設けることはありませんでした。それが今回は、「シンクの横」「29センチ」という条件が立っていたので、この条件下で食器を20数点入れるにはどうすればいいのかと考えるようになります。おのずとビルトインタイプの知見が生かされましたね。

パナソニック株式会社 くらしアプライアンス社 くらしプロダクトイノベーション本部 デザインセンター 細田 秀一氏

──数々の試行錯誤が繰り返されたことと思いますが、今回のスリム化を実現したのは、どのような技術革新によるものだったのでしょうか。

後藤 今回の食洗機プロジェクトではスリム化だけでなく、「過去最高の洗浄性能」というオーダーもくっついていました。そのため、食器が収納できる機構だけでなく、レギュラータイプと同等の高性能なポンプを搭載する必要がありました。

それらを両立できる配置パターンを何通りも模索し、とにかくあらゆる手を使って、スリム化に尽力しました。

 また、貯水容量を少しでも減らすため、節水にもこだわりました。従来のレギュラータイプ11リットルから TSP1は使用水量を9リットルに減らしました。そのためにも、より正確な流量検知システムを搭載し、使用水量を最小限化しました。

細田 購入してくれるユーザーを思い浮かべると、シンクの横にギリギリ置けるということは、広いキッチンには住んでいない30代をコアとする若年層が中心と想定すると、ということは、そこまでお金はかけられない。そういった人たちがどんなデザインだったら欲しくなるだろうと考えたときに、狭いスペースでもノイズが少なく映える様に「割線」を少なくすることを意識しました。

上位機種であれば、タッチ式で液晶が光って自動で開く、みたいなことができますが、そこまで予算はかけられません。そこで、操作部をスランプさせるように配置してボタンの線を無くしたり、ドアはボタンではなく取手のように上に引き上げる開け方などを取り入れました。言うは易しですが、これらのデザイン観点からの機構も、技術チームが見事にクリアしてくれて実現したものです。

デザインも性能も妥協しない。開発チームは「過去最大難易度」に挑戦した
操作ボタンまでフラットデザインに拘った

後藤 技術革新はさまざまありますが、今回採用した「リフトアップオープンドア」が、スリム化実現の最大のブレイクスルーだったのではないでしょうか。

ドアが上に持ち上がり、本体天面にスライドする機構は、シンク横に置いたときに蛇口に干渉しないことはもちろん、ノイズレスなデザインを追求した結果、ドアの取っ手と操作ボタンを近い場所に配置することになり、取っ手を引き上げるときに誤作動しないようギリギリまで調整したりもしましたね。他にも、ドアが本体天面上にスライドしたとき、本体の後ろにはみ出ないようにすることや、それでいてドアは1枚のシンプルな形状にするなど…挙げればキリがないですね。車のトランクが真上に開く構造からヒントを得ようと、ひたすら駐車場を巡った時期もありました。

あのクルマのドア構造である「ガルウィング」からも開発のヒントを得たという
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山田 ドアの開け方を試行錯誤するだけで、何十パターンと試作機を作っていただきましたよね。企画部でお願いした幅の制限だけでなく、デザイン面でもこだわり抜く必要がありましたし。

後藤 「このネジを1本なくすためには、どんな設計にすればいいのか」。そんな、地味で細かい作業の繰り返しでした。

タンク式については、給水する際に給水口の蓋を開ける動作から水を注いでそれを閉めるまでの動作がしやすい蓋とはどのような設計となるのか。また本体の背面はキッチンとそれ以外の空間のパーテンション的な役割になるため、極力線が出ないように、かつネジが見えることも減らしたかった。その結果、本来4つほど必要だったネジを2つに減らした箇所もあります。改めて振り返ると、「ようやったなぁ」と自分達を褒めてやりたい気持ちです(笑)

あらゆる設置シーンを想定し、背面ですら線が出ないデザインに拘った

──スリム化に成功した一方で、一度に洗える食器点数は、レギュラータイプの40点に比べて、24点と少なくなっています。少ないながらも、工夫したポイントなどがあれば教えてください。

山田 確かに、今回のスリム食洗機は24点と減っています。これは家族4人分の標準食器利用数を想定していますが、意識して開発にのぞんだのは一度に洗える食器点数よりも、より多彩な食器を収納できる使い勝手でした。

後藤 開発当初から、とにかくいろんな種類の食器を山田は持ってきました。賃貸住まいだから食器もシンプル、ではなく、今は多様なキッチン・ダイニングのスタイルがありますので、そこに適応していきたいと。

これまではある程度標準的な食器を想定していましたが、今回はより多様な食器に対応できるよう、食器かごは極力レイアウトフリーな設計を意識しました。食器を立てるガイドとなるフックもシンプルな形状にし、どんぶりなど大きなものもひっかけやすく安定しやすいなどの効果を狙ったものです。他にも、上かごを可動式にして小物やコップを入れやすくしたり、カトラリー類を入れる小物入れを外せば、約26cmのフライパンも洗えます。

山田 このフック、実は昔のモデルで使っていたギミックなんです。レギュラータイプで採用しているような成形がシンプルなフックに比べ、先を少し曲げる分だけ、加工コストが余計にかかったとしても、ユーザーフレンドリーなものにしたかったので、復刻を決断しました。

フックの一手間が、狭い庫内での安定感を支える
フライパンが絶妙に収まる庫内サイズを実現

庫内はもちろん、最終的に製品が完成するギリギリまで「あと5ミリ縮められないか」「あと1ミリ広げられないか」といった攻防は続いていましたね。

後藤 これまでのように食器が40点入るスペースがあればレイアウトの調整はしやすかったですが、今回は本体サイズの制約が前提だったため、ミリ単位の調整が必須となりました。

技術も、部位毎に担当が分かれているのですが、1つの部位が0.5ミリ縮めたい、あるいは広げたいと言った場合、その他全ての部位に影響が及びます。通例であれば、設計の最初の段階で部位ごとに「これぐらいのエリアを使っていいよ」と渡されるのですが、今回はそういった渡しかたはせず、各部位が緻密に繋がった状態で組んでいきました。そのため、0.5ミリの変更でもほぼ全てのパーツに影響が及んでしまうような状態で、ギリギリの調整をしました。それでいて、レギュラータイプと同等の洗浄力を担保するための強力な水流、狭い庫内の強力水流でも漏水しない構造、食洗機の品質を確保することは、とにかく大変でしたね。

強力な水流を扱う食洗機にとって、ハード面で0.1ミリの狂いすら許されない

満を辞して「タンク式」に参入した理由

──開発がスタートした翌年2018年ごろは、競合他社が相次いでタンク式食洗機を投入した時期でもありますよね。

後藤 はい、ちょうどスリム食洗機の開発がスタートしてから他社でもタンク式の食洗機が出てき始めて、2019年には食洗機の1つのジャンルとして認知も高まっていきました。

「手軽に設置できる食洗機」が登場し、トレンドが変化する中で、パナソニックはどういった価値を提案し、戦略をとっていくべきか、さらに議論を重ねました。「スリム食洗機」を押し出していくことに加えて、我々も「タンク式」の波に乗るべきなのか、と。そもそも、これまで弊社はタンク式の食洗機を作っていませんでした。タンクでは、食洗機をユーザーにとって最もメリットのある状態で使ってもらうことができないと考えていたからです。

使うたびにタンクに水を入れなければいけないタンクは、食器洗いを楽にするというメリットと相反します。手間を減らすはずが、水を入れるという工数が増えているわけですから。

──にもかかわらず、今回スリム食洗機では同社初の「タンク式」モデルをラインナップしています。

山田 卓上型で効率よく使ってもらえるのは「分岐水栓型」の食洗機だということは、社内でも統一された意見としてありました。

ところが、他社からタンク式の食洗機が数多く登場した結果、ユーザーはタンク式の食洗機を使って、満足感を得ていることがわかりました。そこでようやく、タンク式の需要も存在すると気づいたのです。もしかしたら、リーディングカンパニーとして業界を牽引してきたというプライドなのか、驕りがあったのかもしれませんね。そこから、タンク式にもチャレンジしていくべきだろうと我々も認識を改めました。

取材では業界リーディングカンパニーとしてのプライドも垣間見えた

──後発であるがゆえに、性能にも妥協が許されませんよね。

山田 最初はとにかく「お客様に迷惑かけないこと」考えていました。お客様がどういう使い方をするか、あらゆるシチュエーションを思い浮かべました。

後藤 タンクの中にサラダ油やコーラなどあらゆるものを入れて誤動作しないか、確認しました。

山田 やりましたね(笑)。他にも、傾いた場所に置いても大丈夫かを試したり。賃貸物件で使っていただくことを考えると、これまで以上に広いユーザー層を想定する必要がありました。DEWKs世帯(デュークス:子持ちの共働き夫婦)やDINKs世帯(ディンクス:子を持たない共働き夫婦)がメインであると思いつつも、暮らしを楽にしたい一人暮らしの方が使うかもしれないですし。

後藤 ありとあらゆるお客様が使うための品質や不具合がないことをひたすら想定し続ける毎日でしたね。

山田 タンク式の食洗機のユーザーレビューを見ていると、満足しているとはいえ、やはり「タンクに給水するのがめんどくさい」という意見も数多くありました。当然、後発としてはこの課題をクリアしなければならないと考えました。給水の手間を完全に無くすことはできないのですが、他社製品よりも少しでも手間が減らせるような給水方式にできないかと、また後藤や細田に相談しにいきました。

後藤 他社製品のほぼ全てが、本体の上からタンクに給水し、重力を活用して、本体に水が落ち洗浄する方式に対して、スリム食洗機ではお客様が給水しやすよう本体下部に貯めた水を、ポンプでくみ上げて洗浄する方式を採用しています。これは単に技術革新を示すためではなく、お客様にとって一番嬉しい方法を優先していくとそうなったということなのです。

タンク式では徹底的に「下から給水」に拘った。給水口に設けた仕切りも、水が仕切りに沿って落ちやすくするための工夫。

「食洗機=ぜいたく品」のイメージを払拭せよ

──製品発表会では食洗機導入のさらなるメリットに「節水性」を挙げていました。食洗機がエコであるという認識は、まだ浸透していないように思えます。

山田 冒頭でも申し上げましたが、我々は食洗機のさらなる普及を目指しており、目指す理由の1つには「節水性」も含まれています。より大きな視点で見れば、地球環境にも貢献できる家電であると考えています。

もちろん、ただやみくもに節水をアピールするのではなく、今回のスリム食洗機では従来のコンパクトモデル(「プチ食洗」NP-TCR4)よりも使う水の量を減らしています。スリム設計でもレギュラー同等の高圧水流ポンプを搭載しており、パワーは変わりません。

食洗機はまだまだ「ぜいたく品」のイメージが強い家電です。弊社では1980年代からそのイメージを払拭するべく普及活動を行なっていますが、おっしゃる通り、食洗機で節水できることはまだあまり知られていません。

──その一方で、Z世代などの若者を中心に、地球環境や持続可能性を意識したモノ選びの流れも高まっています。食洗機のユーザーニーズに変化は感じますか?

山田 意識は高まっているんでしょうが、「エコだからパナソニックの食洗機を買います」とまで持っていくことは難しいと思います。裏を返せば、今はまだ知られていない食洗機のエコな側面をコツコツと啓蒙していけば、若い世代の方々に潜在的に刷り込んでいけるかもしれません。5年、10年先輩の世代よりも、違和感なく受け入れてくれるのではないかという期待感もあります。

まだまだ普及段階なので、さらに若い世代に浸透していくことはメリットしかないと思っています。新型コロナの影響で家事を楽にする家電の需要が高まり、さらに節水もできて地球環境にも良い。この「Win-Win」のメリットを、我々はもっと伝えていかなければいけないと考えています。

細田 競合は食洗機だけではないと思っていて、私はこのスリム食洗機が最終的に、どこの家にも置いてあるような「スタンダードな食器かご」に置き換わることに期待しています。朝起きてパンと目玉焼き、サラダ、コーヒーを作って、食事を済ませたらそのまま食器は食洗機に放り込んで、ボタンを押したらいつの間にか綺麗になっている。次に使う時も食洗機から取り出せばいいのですから。いつも着ている服と同じように食器も食洗機で洗ってねと、それくらい日常に溶け込む存在になってほしいですね。

左から山田氏、後藤氏、細田氏
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家電ライター
東 春樹

大学卒業後、雑誌『家電批評』・経済Webメディア『NewsPicks』の編集記者として、商品レビューと企業取材の両軸で長年家電業界の取材を行う。掃除機や炊飯器といった白物家電を中心に、これまでに200製品以上の家電をレビューしてきた。現在は商品比較メディア「mybest」に所属し、白物家電全般の記事を統括する傍ら、個人でも執筆活動を行う。
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