タイムマシーンがあったら、過去と未来、どっちに行きたいだろう? 過去に戻って、やり直したいことはあるだろうか。未来を見て、現在の自分はどうするだろうか。
映画監督/写真家の枝優花さんとそんな話をすると、彼女の内側にある優しさ、かっこよさ、光が感じられた。同時に、強さも弱さも握りしめているようだった。タイムマシーンがあったらいいなと夢想するけれど、ちゃんと、今も、見つめていたい。枝優花さんの考える過去・現在・未来について。
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枝優花
1994年群馬県生まれ。映画監督、写真家。2017年、主演に穂志もえかとモトーラ世理奈を迎えた初の長編映画『少女邂逅』を発表。「MOOSICLAB2017」で観客賞を受賞したほか、国内外で高い評価を得る。そのほかindigo la End、マカロニえんぴつ、羊文学、崎山蒼志、Awesome City Club、anoなど様々なアーティストのミュージックビデオ撮影や、アーティスト写真撮影も手掛ける。また、オムニバス映画『イカロス 片羽の街』内「豚知気人生」(U-NEXTにて配信中)、ドラマイムズ「墜落JKと廃人教師 Lesson2」(MBS ほか/演出) 、ドラマフィル「コールミー・バイ・ノーネーム」(MBS ほか/演出)など。
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──枝さんは3月で31歳になりますが、タイムマシーンでおよそ10年前の20歳に戻るとしたら何をしたいですか?
基本的に過去に戻りたいと思うことがないです。そう思った瞬間に、苦しくなっちゃうから。思うことがない、というよりも、思わないようにしているのかもしれません。たくさんあるんです、傷も、失敗も。それでも今を肯定しないと進めないから、過去に縋らない自分がいるのかな。
──過去に縛られないのは、枝さんらしいです。
でも、もしマルチバースみたいに「あの人生があったら」を考えていいなら、もっと本当に、シンプルに、ただ自分のために時間を使いたいですね。
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──20歳の頃を振り返ると、他者や何かのために時間を使っていましたか?
夢のために使っていました。映画が撮りたい、その一心。今でもそれがベストな時間の使い方だったと思いますけど、たまに考えるんですよ。夢も何もない状態で、ただ生活をしたかったと。体力があって、お金はないけどはしゃぐことができて、後先考えないでいられるのは、20歳だからできることかなと思います。
──タイムマシーンがあったら、過去と未来どちらにいきたいですか?
この過去があったから今があるという考え方が、私はすごく強いと思うんです。そこまで頑張らなくていいよと声をかけてあげたい出来事もあるのですが、そうしたら今の自分ではなくなりますよね。何かひとつでも欠けていたら今の自分がなくなると思うと過去に手を出せないし、未来を見てしまったら今どうやって過ごせばいいのか迷っちゃう。未来が分かった途端に、生き方が絞られる気がして。そう考えると、今が一番なのかもしれません。
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──今を生き抜く枝さんに、10代で捨てるべき“べき論”をお聞きしたいです。
いい人になるべき、人から認められるべき、というふうに考えること。その考え方で自分の傷を抑え込んでしまうことを無くしてほしいです。
──枝さん自身がそうだったのでしょうか?
そうですね。具体的に言うと、乗り越えられたと思ってもまた同じところで躓いている、みたいなことが昨年末にあり、自己内省する時間が多かったんです。何が足りないのか、何が自分の心に引っ掛かっているのかを考えたときに、10代の頃に抱えた傷が原因だと気がつきました。ものすごく傷ついた瞬間というのは、その傷に触れると危ないから、心の奥底に冷凍保存しちゃう。
──傷を見なかったことにするのですね。
そうです。でもなかったことにはなっていないから、大人になってそれに近しい現象や近い人に出会うと、冷凍していた傷が溶けてくる。そのときとんでもない恐怖が襲ってきたり、その人を避けたりするようになります。もちろん痛みを無視しても生きていけるけれど、私が一番望む幸せはこの傷をどうにかしないと得られないなと思いました。
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──傷はどうしたら治癒していくのでしょうか。
私の場合は「もう十分傷ついているから大丈夫だよ」「あなたは悪くなかったよ」「傷ついて辛かったね」と言ってあげる量が少なすぎました。もっと肯定してあげたらよかったのかなと思います。自分には何かできたのではないか、自分が悪かった、自分にはこういうことができないから価値がない、とすごく傷ついたのをぐっと押し込めて、もっといい人にならなきゃ、もっと人から認められるように、もっともっともっと……そうやって積み重ねてきたものが大きくて。10代の子には、自分が痛みを抱えてまでいい子でいなきゃという考えを捨てて、なるべく傷を手放してほしいなと思います。
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──全く傷つかないで生きていくことはできないけれど、いかに自分で自分を抱きしめられるかが大事なのかなと思いました。枝さんは、今の自分は好きですか?
私は私のこと大好きだ! というのはないのですが、だからって嫌いだとも思わないですね。好きでいられるようにしている、と言うのが正しいかもしれません。
──どうやって好きでいられるようにしていますか?
外側から実感していくことがあります。こんなに素敵な友達や仲間がいて、素敵な仕事があって。お仕事相手から「ずっとご一緒したかったです」と言ってもらえたときに、この人にそう思ってもらえるということは、私は悪くないのかもしれないと考えられる。心の内側から湧き上がる、自分が好きだという感情はそんなにありませんが、周りの人の言動で「私はここにいていいのかも」と思えていますね。
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──枝さんの中でこれだけは譲れないものはありますか?
自分に嘘をついて生きることができない。でも面白いのが、嘘はつかないけど本当のことも言っていないこと。誰しもあると思うのですが、SNSで見せている面と本心が違う、なんてことありますよね。
──嘘じゃないけど本当でもないこと、私自身も、周りの人にもたくさんある気がします。10代から心に留めている言葉は何かありますか?
「別に誰もお前のことを応援してない。お前の人生、お前が一番応援しろよ」という言葉です。14歳のとき大人に言われて衝撃的すぎて……。こんなストイックな考え方があるのかとびっくりしました。どこかで誰かが応援してくれている、私のことを見てくれている、って思っていたので、なんだかスッと自分の中に入ってきて楽になりました。私は繊細で自意識が強いタイプだったからこそ、固まっていたブロックが外れましたね。「他人に自分のケツを拭かせるな」と言われたのもよく覚えていて、今でも誰にも責任を取らせないのはその言葉からきているのかもしれません。
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──今、親友と呼べる人はいますか?
います。3人で仲がいいのですが、10年の仲で。でも10年間で3回絶交してます。
──(笑)。その2人とはいつ出会いましたか?
20代前半で、何者でもない、金もない、地位も名誉もなかった頃ですね。映画関係の友人でお互いが映画を撮るときに手伝っているので、本気で自分がやりたいことをやってボロボロになっている姿を見せ合っています。隠せないところまで見せているからこそ、本気のケンカができる。
──ケンカはどういうときに始まるんですか?
旅行先、コロナ禍のZOOM、高円寺の道路で真夜中にもケンカしました(笑)10年かけて関係を築いているので、感情を共有しきっています。だから今更相手に失望することもなくて。いい意味で期待することもない。例えば相手が愚痴を言ったときに、その考え方は間違っていると思えば躊躇なく間違っていると伝えられます。逆に「私たちは味方だし大丈夫だから、選んだことを応援するよ」と言うときもありますよ。
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──その2人と何をして遊んでいますか?
お互いの家で恋愛リアリティーショーを観ています。みんなでワイワイ観るのが楽しい番組ですよね。それぞれの感情移入している人が全然違うから面白い。
──恋愛リアリティーショーを観られるんですね。枝さんの恋愛事情も気になります。
私は恋愛が得意じゃなくて……。それでも恋をする相手は優しい人より面白い人ですね。それに加えて私自身が変化をし続けたいと思っているので、同じ速度で変化ができたり、同じ方向を向いていたりする人だと長く一緒にいられるのかなと思います。どんなペースであれ、お互いのペースを尊重できないとやっていけないかな。
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──結婚するとは一体どういうことだと思いますか?
人生のメンバーが増えることだと思います。子どもが生まれたら新メンバーみたいな。メンバーがいる場所が帰る場所だし、メンバーのために仕事も頑張る、思いやる。メンバーが疲れていたら明日も頑張ろうよとごはんに連れ出す。チームを成立させるために、お互いが理解し合う、それが家族やパートナーだと考えていますね。
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──10代で忘れられない味はありますか?
高田馬場のタイ料理屋で食べたカオマンガイ。大学1年生で、早稲田大学の映画サークルに入りました。4年生の女の先輩たちが大人で、かっこよくて、すごく好きで。「1年生ごはん食べに行こうよ」と連れて行ってくれたのが、そのお店でした。カタカナばかりのメニューでよく分からないし、緊張しつつもカオマンガイを頼んだんです。食べてみたらびっくりするくらい美味しくて。いろんなお店でそのあとも食べましたが、そのときの味が忘れられません。
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──18歳で上京していますが、行ってよかったと思う場所はありますか?
21歳のときに行ったカンボジアですね。20代前半の私が受けるカルチャーショックとしてちょうどよくて。道路は舗装されていないし、水牛が普通に歩いているし、と思えば半裸の子どもがスマホをいじりながら自転車を漕いでいて。
──滅茶苦茶ですね。
どれが軸なのか訳が分からなくて。世界遺産のアンコールワットやラピュタのモデルとなった遺跡も巡りました。子どもたちが「ワンダラ」と言ってお金をせがんできたり、お土産屋さんに値札がないから自分で交渉したりと、初体験のことばかりで。何も知らなかったからこそ、自分の考えをひとつ広げてくれた場所です。
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──10代や20代で海外に行くと、世界が広がりますよね。
観光地帯よりも自分が知らないなと思うものが多そうな国に、10代や20代で訪れてほしいですね。経験にお金と時間を使って! と言いたい。日本では見ることのできない景色に混じって、不自由を感じて。お金をぼったくりされてもいい、ごはんが美味しくなくてもいい。
──なかなか日本だと味わえないことがありますよね。
自分という人間は大したことがなくて、しょうもなくて、ちっぽけなんだなということを、自分が通用しない土地に行って感じることが大切かなと思います。今は、心地のいいものしか選んでないから、自分にいらない自信を持ってしまいがち。自分のことを正しいとかまともだとか思っている時点で誰かを馬鹿にしていると思うんですね。だからこそ、海外で通用しない自分と出会って、人と対等になってほしいです。
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──今でも読み返すバイブルはありますか?
『アルケミスト』『なまけ者のさとり方』『アミ 小さな宇宙人』の3冊です。ざっくり言うと、共通しているのは愛が全てだよねということ。私がこれらを読み返すときは、愛情が分からなくなったときや自分に対しての愛情が不足して辛いときに読んで、考え方を引き戻してもらっています。『アルケミスト』は人にプレゼントすることも多いですね。
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──10代で出会ってよかった音楽はありますか?
Mr.Childrenさんがずっと好きで。小学5年生で、人生で初めて買ったアルバム『シフクノオト』を繰り返し聴いています。特に「天頂バス」の“「自分のせいとは思わない」とか言ってないでやってみな”という歌詞を心に留めています。私は自分で自分に鞭を打つことができないので、こういう音楽や言葉に救われて、立ち上がることができるんです。桜井さんが私の前で頑張って戦ってくれている気がして。
──桜井さんの戦う背中を見て、枝さんは何度も奮い立っていたのですね。
この世界にこの人がいるなら、私だってできるじゃん! みたいな気持ちにさせてくれます。戦っている人の音楽が好きですね。
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──今、枝さんが世の中にできることは何だと思いますか?
作品を通して自分という人間が正しくないこと、人間は訳が分からないことを理解してもらうこと。人間は発言と想いが違ったり、ちぐはぐだったり、矛盾が生じる生き物だと思っています。そのことを日常ではなかなか伝えられないけれど、作品を介せば伝えられると思っています。もっと世界が平和になるためには、自分達が限りなく愚かだということを、全員が分かることが重要だと考えていて。何かを許すということは、自分を許すということ。自分がくだらないとか、馬鹿だなとかいうことを、笑って許せる映画を撮っていきたいです。
ドラマ情報
『コールミー・バイ・ノーネーム』
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『コールミー・バイ・ノーネーム』
切なさ迸る、人気ガールズラブ・ミステリー小説原作、工藤美桜&尾碕真花同時初主演で実写ドラマ化され、枝優花が全話監督を務めるドラマ「コールミー・バイ・ノーネーム」(MBS ほか)が、ドラマフィル枠にて放送中。
公式サイト:コールミー・バイ・ノーネーム