「タイムマシンがあったら、いつに戻る? なんて言われたら 俺は五秒前戻りその口を塞ぐ」。
ラッパーのアフロさんはソロ名義の新曲「さよならに勝て」でそう歌った。2024年の末に音楽ユニット・MOROHAの活動を休止。一人の表現者として新たなキャリアをスタートし、未来を見据える今は、本特集のテーマである“タイムマシーン”や“過去”のことを考えるタイミングではないかもしれない。
それでも、アフロさんは真っ直ぐな目でこう話す。
「過去の俺は歌詞の通り、俺の口を塞ぐはずです。でも、その上で声をかけるならどうするか、もっと掘り下げるチャンスだと思ったんです」。
言葉と真摯に向き合うアフロさんらしい考えだ。
20歳の頃を“人生のどん底”と振り返るアフロさん。当時を思い出しながら紡がれた言葉は、今まさに不安定な時期を過ごす自分たちにとっても温かくて、勇気をもらえるものだった。
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アフロ
1988年、長野県生まれ。2008年にギタリストのUKと音楽ユニット・MOROHAを結成。5枚のアルバムリリースや武道館の単独公演などを経て、2024年12月に活動休止を発表。同月25日にソロ名義の楽曲「さよならに勝て」をYouTubeにて公開。俳優としても活動し、映画『さよなら、ほやマン』で主演を務めた。「今は絶賛音楽制作中です。これからはMOROHAとは違う新しい自分に出会えるような活動をしていきたいので、『Beyond magazine』読者のみなさんとも仕事をしたいです!」
X:@MOROHA_AFRO
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――20歳の頃はMOROHAがデビューした時期です。当時はどのような人間でしたか?
“全員殺す”と思ってましたね(笑)。アコギとラップというMOROHAの編成は珍しいから、バンドとヒップホップ、どちらの界隈にも居場所がないんですよ。みんな優しいから受け入れてくれるけど、その中で“飛び道具”みたいになってしまうもどかしさがあった。特にフェスでは出演者がお客さんとの“調和”を唱えることが多いですけど、ミニマムな音作りのMOROHAが同じ方向性で頑張っても埋もれてしまうんですよ。そこで爪痕を残すには殺意だ! と。パフォーマンスも人間性もどんどん尖っていって、大楽屋の隅っこで一人リンゴをかじったりしてましたね(笑)。
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――20歳の頃、頑張ってよかった仕事はありますか?
やっぱり作詞です。過激な言い方をすれば、あの頃は日本で一番歌詞を書いていた。それが今までの仕事にずっと繋がっているし、生きてこられました。
――もしここにタイムマシーンがあったら、過去の自分に何を言いたいですか?
タイムマシーンって何種類かありますよね。自分の記憶を残したまま時間が遡るか、過去の時空に今と過去の自分が2人いる状態になるか。今回の企画だと後者ですよね。それなら、20歳の俺に「人を裁くな」「正しさを押し通そうとするな」と言いたいです。この業界では、ステージの上で大きな声で極論を迷いなく言えた方が人を扇動できるという悲しいルールがあるんですよ。その中でずっと生きてきて、いつの間にか私生活にも影響してしまった。「間違ってない」と一度思ったら折れられなくなったんですよね。でも広い視野で見るといろいろな正しさがあることに気づいた。そういうことを当時の自分に言いたいです。
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ただ、37歳になった今でも、失礼な物言いをされたらやっぱりカッとする時があります。嫌な部分ってなかなか治らないんですよね。そういう意味では10年後の俺がタイムマシーンで2025年の俺に会っても、同じことを言うかもしれません。
――仕事といえば、20歳のアフロさんは日本一の営業マンとしても活躍されていました。その時の経験は役立っていますか?
「好きじゃないと頑張れない」ことを教えてもらえました。営業を愚直にやって、その結果、目標である日本一を達成した。でも、その瞬間に気持ちが折れちゃったんです。“好き”がないと、何かの節目を迎えた後に次を目指せない。20歳の頃はそういうことを知った時期かもしれません。
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――高くても20代でやっておくべき出費はありますか?
俺が買ってよかったのは、CDJ(CDで音源を流すDJプレイヤー)ですね。部屋にあるだけでかっこいいし、あわよくばDJの技術も身に付くかなと。でもセッティングするだけして、15分しか操作しなかった(笑)。「高い金払ったからにはやる」なんてことがないと教わりましたね。
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――学生の頃、B-BOYに憧れて自転車の鍵チェーンを巻いていたというエピソードも拝見しました。ファッション好きとして買ってよかった服はありますか?
「俺の服なんて誰も注目しないし、何を着ても自分からはあまり見えない」ということにある段階で気づいたんですよね。でも服は楽しみたかったので、折衷案として思いついたのが、友達が手がけるブランドを買うこと。俺が着ることで自分以外にも喜んでくれる人が出てくるじゃないですか。今日身につけているtsutaeのマフラーやブルーナボインのパンツは、全部友達のブランドのものです。
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そうだ、タイムマシーンからちょっと逸れますけど、この機会に人生で一番よかった出費の話もしたいです。半年くらい前に実家のローンを全部返したんですよ。ミュージシャンはステージ上でだけかっこいいこと言うのではなく、身近な人のことも幸せにしてほしいという願望がずっとあって。俺自身もそうありたいと思う一方で、そもそも“茨の道”のような職業を選んで家族に不安を与えている矛盾や負い目も感じていた。完済したことで、ある意味で自分への“借金”も返せたんです。あのときは武道館でライブできた日よりも嬉しかったな。
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――してよかった恋愛はありますか?
痛かったもの全てです(笑)。人を好きになるって、自分の惨めさを相手に手渡すことじゃないですか。俺はその痛みを“啜る”ことで歌詞を書いていました。
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――アフロさんは辛い瞬間をどのようにして乗り越えるのでしょうか?
駄目なときはどうしようもないです(笑)。ただ、応急処置的な方法は編み出しました。お客さんに「失恋しました」と言われた時にも伝えたことがあるんですけど、まずは「お前の身体はその人に会いたい気持ちや何かを伝えたい気持ちでパンパンになっている」と。そこまではお客さんに言われてないから決めつけですけど(笑)。続けて「その愛情を、その相手ではなく家族や友達に預かってもらおう」と。自分の家族に電話したり、友達にプレゼントをあげるイメージですね。溢れる愛を誰かに預かってもらうのが、少し楽になれる方法だと思っていて。ボロボロの自分を癒してくれるのは、失恋した相手じゃなくて、そんな時に選んだ人なんです。
――その発想は先ほどお話しされた20歳の頃の生き方と正反対なように感じますね。
失恋や仕事でいろいろ学んだんです。俺が凹むのは大体、自分自身の価値を信じられない瞬間だと知りました。そういうときって温かい人に囲まれていることを忘れているんですよ。だから家族や友達に会って思い出すことが大切だと。
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――20歳の頃はどんな恋愛をしていましたか?
忘れられない思い出があります。上京したての時期で、遠距離恋愛中の彼女がいました。お互いにお金がないのに、ある日、向こうがわざわざ長野から新幹線でこっちに遊びに来てくれて。しかも張り切って慣れないハイヒールを履いてきたんですよ。俺もおしゃれな店に連れて行きたくて「六本木でランチだ!」と気合入れて。でも慣れない街だし、当時はGoogle Mapもないから、迷ってしまった。たくさん歩いて、気づいたら彼女の足が血まみれなんです。「大丈夫?」って俺が言った瞬間、後ろを空車のタクシーが通った。でも、同時に「ここでお金を払ったらランチ代がなくなる」という考えがよぎったんです。
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結局タクシーを見て見ぬふりして、ようやく目的のお店に着いた頃にはランチタイムが終わっていた。メニューを見たら高い夜料金になっていて、お金が払えないんですよ。その雰囲気を察した彼女が「今日はいっぱい歩いたから、もっとガッツリしたものを食べたい」と。結局マクドナルドに行って、ハンバーガーを食べました。そのときの俺は、自分が不甲斐なくて、理不尽にイライラしてるんです。彼女がニコニコしながら「やっぱりこれが一番美味しいね」とか言ってくれるのに、それにすら腹が立ってしまう。本当にダサくて、俺の人生の“どん底”な時期でした。
――恋愛以外で築いてよかった人間関係はありますか?
友達との繋がりは全部そうですね。この前、20代前半の頃に会っていた奴と偶然遭遇したんです。立ち話をする中で、当時の自分が何を考えて、どんなことを話していたのかすごく気になって。友達がいると自分の人生を映す“カメラ”が一つ増える感覚がありますよね。「お前って当時こうだったよね」と教えてもらえますから。友達も一つのタイムマシーンだと思います。
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――ここからは食や本など、カルチャーの話を聞かせてください。20代で知っておくべき味はありますか?
ミックスグリルの美味しさです。大人になると格好つけて“全部乗せ”みたいなメニューを避けがちだから、早い段階で思う存分食べておいた方がいい。特にハンバーグのデミグラスソースやナポリタンのケチャップ、サラダのサウザンドドレッシングなんかが全部混ざっている部分が最高です。行儀が悪いけど、なんなら積極的にミックスしてもいい(笑)。本当は好きなものを自分だけの配分で食べていいって気づけますから。
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――20代で訪れた方がいい場所はありますか?
住みたいと思える街ですね。できれば好きなカルチャーにまつわる場所で、金銭的に無理してでも暮らした方がいい。俺の場合は高円寺でした。ずっとファンだった峯田和伸さんの歌詞に出てくる街で。彼が手がけた「佳代」という曲の歌詞を真似して、真夜中の純情商店街を彼女と自転車で走ったりしましたね。あの経験は20代でやっておくべきです。というのも俺、他にも憧れの街があって、最近そっちに引っ越したんですよ。でも、30代後半になって足を踏み入れると自分がそこの登場人物じゃないというか、OBのような気分で。ああ遅かったなと。新鮮な情熱があるうちに住んだ方が絶対楽しいです。
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――20代のうちに読んでよかった本はありますか?
『夢をかなえるゾウ』。インドの神様であるガネーシャがいろいろな成功論を教えてくれるというあらすじです。ジャンルでいうと自己啓発本なんですけど、ストーリーが面白くてすっと読めるんですよ。ネタバレになるから多くは触れられないですが、終盤にガネーシャが発する一言が最高で。「負けたら終わり」と考えていた俺に“セーフティネット”を与えてくれた一冊です。
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――もっと早く出会ったら人生が変わったかもしれない音楽はありますか?
シンガーソングライター・Akeboshiの「Faerie Punks」。
「本物なんて きっといないのさ みんな少しでも近づきたいから」という一節に痺れましたね。30歳ぐらいの頃、「“本物”ってなんだろう?」とずっと考えていたんですよ。カリスマと言われるミュージシャンの中には会って幻滅した人もいて、若い頃に抱いていた幻想をたくさん裏切られてきたんです。でも、実は“本物”なんていなくて、みんなが必死にそこに近づこうとしていると考えたら救われましたね。この曲を20歳の時に聴いていたら、もっと肩肘張らない感じのラッパーになっていたと思います。
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――最後はマインドがテーマです。アフロさんの強みはなんですか?
みっともなさ。俺には昔から描いてきた理想のラッパー像があって、それを実現した究極系みたいな人もたくさん見て、「絶対負ける」と何度も思ったんです。同じように心を折られて音楽から離れた同世代もたくさんいるんですけど、俺が“首の皮一枚”で辞めずに済んだのは、みっともなかったから。そもそも世の中のラッパーって言葉も生き様もかっこよすぎるんですよ。そんな人たちに俺が一つでも勝てるとしたら、恨みとか妬みを曝け出せるところだと思ったんです。
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――その強みにいつ気づきましたか?
それこそ20歳の頃です。アコギとラップという編成が俺のみっともなさに合ってることに気付いたんですよ。歌詞が聴き取りやすいからメッセージを詰め込めるし、ビートがないから首を振るようなスタイリッシュなノリ方が難しいじゃないですか。
――“みっともなさ”を武器にした表現が自分に合っていると気付いても、理想のラッパー像を手放すのは覚悟がいるように感じます。
風呂で一人泣くくらい、諦める瞬間はきついですよ。でもたくさん思い知るべきなんです。諦めた数がオリジナリティですから。
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――20代で捨てた方がいい“べき論”はありますか?
「幸せであるべき」は別にいらないと思うんですよね。生きるハードルが高くなるから。気分がいい、とか安定してる、くらいでいいんです。最近思ったのは、もっと雑でいいのかもしれないということで。例えば、死に際にやり残したこととかを思い出す一方で、「今日の朝ごはん美味しかった」みたいな直近の機嫌の方が大事なんじゃないかと考えていて。
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それに、“人生のハイライト”だって考え方次第なんです。これは友達のボクサーから聞いたんですが、彼に負けて引退した選手がブログでその試合を「めちゃくちゃ努力した結果がこれだった。人生のハイライトだ」と書いていたらしくて。それを読んだ友達が、「そんなことはない。あのパンチは3,4ヶ月しか努力していない」と思ったらしいんです。でも、最近考え方が変わったらしくて。逆に言えば、人生のハイライトはそれくらい短い努力で作れることに気付いたと。何十年も数カ月も関係なくて、心持ちひとつの違い。そう考えると少し楽になりますよね。
――最後にもう一度タイムマシーンについての質問をさせてください。今、20歳の時に戻ったら何をしたいですか?
さっきとは違う方のタイムマシーンですよね。この取材場所を出たら、20歳の俺に戻っているイメージかな。そしたら、やることは一つです。六本木のデートで、ちょっと無理してでもタクシーに乗る。今の俺はいなくなるけど、それはそれで自分や世界を恨まない道を歩めたと思います。