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支配、依存、性欲との違いとは?

けっきょく、「愛」ってなんだ。戸田真琴&九月と「正しい愛し方」を考えてみる

author: 生駒 奨date: 2026/05/04

「正しい愛」ってなんだろうか。愛するがゆえに、愛が大きいがゆえに、相手を傷つけるかもしれない。「支配」、「依存」、「欲望」。愛の真隣にある感情が、愛を別の何かに変えてしまう。僕たちは、どうやって愛するべきなんだろうか?

元セクシー女優であり、現在は「さみしさ」をテーマに文筆家・タレントとして活動する戸田真琴さん。SNS で恋愛にまつわるお悩み相談に数多く答えている芸人・九月さん。 二人の視点が交われば、答えがないように思える「正しい愛し方」という問いへの足がかりがつかめるかもしれない――。

戸田真琴(とだ まこと)

文筆家・映画監督・元AV女優。2016年の活動開始時から、本業と並行して文筆活動と映像制作を行う。監督作に映画『永遠が通り過ぎていく』、著書に『そっちにいかないで』(太田出版)などがある。

X:@toda_makoto
Instagram:@toda_makoto
公式サイト:https://www.makolin.com/




九月(くがつ)

1992年、青森県生まれ。事務所無所属のピン芸人として、一人芝居風のコントを中心に活動。劇場、アートギャラリー、バー、民家、廃墟、山、海など全国各地で場所を選ばずコントライブを行う。著書に『走る道化、浮かぶ日常』(祥伝社)がある。

X:@kugatsu_main@kugatsu_readio
Instagram:@kugatsu_insta

戸田真琴&九月、邂逅。意外な二人のアイスブレイク

──今日は、普段から人と人との関係やそのなかで生まれる感情にまつわる表現活動をされているお二人にお越しいただきました。読者にとっては意外な組み合わせかもしれませんね。

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九月:そうですね、お会いするのは初めてですし。もちろんご活躍は知っていて、noteで書かれている文章も読みました。最新記事が2025年の参院選のときのものでしたよね。書いている戸田さんの温度感が伝わってきて、良いなぁと思いました。

戸田真琴(以下、戸田):私も、もちろん存じ上げています。それに、今日のためにプロフィール情報を見て予習してきました。気になったのが、犬があまり得意じゃないんですね?(笑)

九月:そう、日本語が通じないから……。

戸田:(爆笑)

九月:おい、笑いすぎだろ!(笑)いいでしょ、犬苦手でも。あと、俺別に「犬が苦手な人」ではないから。もっといろいろやってるから。

戸田&九月にとって「愛」とは?

──それぞれ文筆活動や映像、コントなどの表現活動を展開されていますが、そのなかで「愛」や「恋愛」を扱う際に心がけていることはありますか?

九月:僕、「愛」とか「恋愛」が実社会で意味を持ち過ぎていると思うんですよ。もしかしたら「友情」とか「夢」とかもそうかもしれませんが、じつはみんなよくわかっていない、実態がわからないものなのに、言葉として強くなり過ぎているきらいがある。

世の中、「愛」を絶対的なものとしてテーマに据えたり、表現の中心として押し出す人がたくさんいる。だから、それは他の人にやってもらって、僕は「こんなのも愛かもね」「じつは愛ってそんなに必要なくない?」みたいに、ちょっと斜めから見るような表現を心がけています。カギカッコをつける、というか。

戸田:私も、「愛」という言葉があまりにカジュアルに使われているな、と日々感じます。あらゆる「他者へのポジティブな関心」をすべて「愛」と呼んじゃえ、みたいな軽さというか。ただ、私はそれ自体はそこまで悪いことじゃないと思う。みんなが愛について語り合うこと自体は、例えそれが誤用であってもある程度は良いことだと思うので、「愛」という言葉がカジュアルに誰でも使えるものになっていくのは意味のあることだと感じます。

ただ、私自身はそもそも「愛」に並々ならぬ関心があって。自分のなかでは、本当に究極の感情だけを「愛」と呼びたい、それ以外のものは安易にそう呼びたくない、という気持ちがあります。それはあくまで「私の基準」なので、他者との対話のなかで「それは愛じゃない!」と指摘したりはしません。でも、例えば私が作る作品の世界では私自身が「ルール」になれる。すべての言葉や感情の定義を自分で作り直せるのが創作の良いところ。なので、自分の小説や映像では、なるべく世間で言う「愛」のことは考えず、私が思う「愛」を軸に据えているつもりです。

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九月:戸田さんの思う「愛」って、一般的な恋愛とは違うものなんですか?

戸田:結果的に外からの見え方が同じになることはあると思います。例えば、ある二人組が社会的な規範や一般的な価値観をすべて無視して、その二人だけのオリジナルな感情を持って一緒にいたとして、それが男女だったら世間的にはありふれた恋愛に見えてしまう。そういう歪みはどうしてもあるなと思います。

ただ、純粋な「愛」じゃないなと思うのは、情け半分でそう呼んでしまうとき。失敗や相手を傷つけてしまったときなんかに、「それも愛ゆえだよね」なんて慰めでつい言ってしまうこともありますが、本当はそういう使われ方には違和感を感じています。

──欲望や共依存も「愛」と混同されやすいですよね。

戸田:そうですね。私の周りでも、欲望のぶつけ合いでぐずぐずになった恋愛で悩んでいる人はよくいて。「それはもう愛じゃないんじゃない?」って思うけれど、本人には言えずに「つらかったね! よしよし」と一緒に泣いてしまう。これは私も自己矛盾で悩んでいるところです。

恋愛や性愛の話を安心して話せる世界に。「愛の前提」を間違えないための考え方とは

──九月さんはSNSで恋愛に関する相談を受けることも多いと思いますが、「愛」の履き違えで悩みに陥っている人は多いと感じますか?

九月:うん、たくさんいますね。ただほら、『「恋愛」や「性愛」が尊いもの』っていう価値観ってしょせん近代以降のものじゃないですか。人類の歴史から見たら、自由に恋愛して、相手を見つけて、周囲から承認されるみたいなあり方ってすごく最近になってからの話で。

僕に寄せられる相談には、「もし無人島に生まれて近代文明と切り離された環境で暮らしていたら、そんなことで悩まなかっただろうな」というものがたくさんあります。いやまぁ、無人島には誰も住んでいないので、そんなこと言ったらキリないんですけどね。少し引いて見てみれば、他の関係性になった可能性が全然ある。「『恋愛』という前提に乗らなくてもいいやん」とよく思います。

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──「『恋愛』が前提になっている」というお話だと、九月さんは著書『走る道化、浮かぶ日常』のなかで「飲み会などの場で好きな異性のタイプを聞かれるのが嫌だ」という話を書いていらっしゃいますね。

九月:そう。それは「誰しも異性愛者であり、結婚を望むもの」という恋愛観が前提になってしまっていて、何となく会話の中で消費されるやり取りになっているというか。「愛」とか「性愛」に関する話題がわりと取扱注意であることに、意外と多くの人が気づいていないんです。

戸田:本当に。私、小さいころにすごく嫌だったことがあって。父が同世代の同僚たちとカラオケに行ったとき、私もついて行ったんです。そしたら父の同僚たちがモーニング娘。の「ハッピーサマーウェディング」を入れて、私に「歌いなよ!」って言ってきて。私が歌っているときの周囲の盛り上がりとかリアクションが、私が「異性愛者で、将来当たり前に結婚を望んでいる女の子」だと決めつけている雰囲気で。私のセクシャリティも知らない人たちがそんなことをするというのがとてもグロテスクに感じました。

逆に言えば、本当に他人の尊厳を尊重できる人同士なら、もっと愛やセックスについて話し合うべきだと思う。未熟な前提を持って、今手持ち無沙汰である、みたいな理由だけでデリケートな話題に突っ込むのではなく、あらゆるあり方を尊重したうえでお互いのパーソナルな部分を安心して語り合える世の中になってほしいですね。

九月:本当に相手のことを知りたいなら、心して聞けよ! ということですよね。

Beyondの読者には自分より年上の人や権力を持つ人とコミュニケーションを取らないといけない人も多いと思います。不理解な人には怒っていいし、嫌いになっていい。そしてその怒りを直接相手に表明できなくても、それはあなたのせいじゃない。「世の中に適応できない自分が悪い」みたいなふうには、どうか思わないでほしいですね。

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「愛」と「性欲」の関係とは。二人が語る「愛の練習法」

──「愛」は「支配」や「性欲」と取り違えやすいとも思います。正しく愛していたつもりが、相手にとって重荷になってしまっていたり、相手を消費してしまっていたり。その点にはどう向き合っていくべきと感じますか?

戸田:愛することって、最初から「正解」の行動ができる人はいないと思うんです。よりよい「愛」のためには、練習するしかない。それは、例えばタレントやアーティストを好きになって「その人のどこが好きか」を深く考えてみるとか、親友が別の友達と遊んでいたときにジェラシーを感じたら「なぜそう思ったか」を突き詰めてみるとか、そういったことでも練習できる。

ただ、「恋愛」という関係性では、どうしてもセックスが深く関係する場合も多いですよね。セックスも、実践的な経験を重ねることは重要。でも、失敗やうまくいかなかったケースで、傷つくリスクが女性側に大きく偏っているのが現実です。ですから、私は愛について考えるときの前提として、まず人権と性知識を学ぶ機会がもっと増えてほしい。少なくとも学校教育の範囲では全くと言っていいほど詳しい知識を得ることはできませんし、セックスについて知ろうとした青少年たちがポルノにアクセスしてしまい、間違った知識を得てしまうことも問題です。一刻も早く改善されないとならない部分だと考えています。

九月:確かに。僕のところにも「恋愛経験がなくて……」みたいな相談がよく来るのですが、「友達と趣味を増やしたら?」と返します。恋愛ができないからといって、手当たり次第ナンパしてみるとかセックスだけを目的に行動する、みたいなのは結果的に役に立たないんじゃないかと思います。みんな別にそういう人になりたいわけじゃないだろうし。それよりも、趣味を5個増やしたり友達を20人増やしたりしたら、そのどれかは恋愛的なものにつながっていくし、そういう人のほうが「愛しがいがある」と思うんです。

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何をもって人と関わりたいか、どんな人とどんなふうにわかり合いたいのかというのがないまま、「恋愛」というカタチだけを手に入れようとしても無理がある。その順番を間違えないようにするべきじゃないかな、と思いますね。

噛み合わない相手をどう愛する? 「支配」からの脱却について

──「愛」と「性欲」の関係についてお話しいただきましたが、「支配」についてはどうでしょうか? どちらか一方の力が強すぎたり、関係性が不均衡になってしまったりという悩みは多いのではと思うのですが……。

戸田:相手に対して強い想いを抱くことそれ自体は悪いことではないと思います。それが究極の関係性に孵化することもある。ただ、強い感情があることが二人の関係性を腐らせてしまう場合は苦痛や困難が伴いますよね。そういうとき、多くの場合は単純に「組み合わせ」の問題じゃないかと感じていて。

相手を言いくるめたい、萎縮させたいと思って接するのは論外ですが、そういうつもりじゃないのにそうなってしまう場合、そのお相手と自分が合っていないのが原因じゃないかと。私自身、他者と深く関わると、良かれと思ってした行動で相手を傷つけてしまうことがあって。「自分がダメなんだ、私の何かがおかしいんだ」と悩んだのですが、例えば同じ行動でも、相手が変わるとお互いにとって良いこととして噛み合ったりするんです。

組み合わせ次第で、関係性って大きく変わる。相手を傷つけてしまうことが多いなら、同じくらい強い人を探してみる。相手に傷つけられることが多いなら、同じくらい弱い人を探してみる。噛み合わない関係に執着しすぎてしまうのは悲しい、不幸なことなので、そこで悩みすぎないでほしい。「組み合わせ」というのをキーワードとして覚えておいてほしいですね。

九月:なるほど。僕は、「一緒にやるアクティビティを増やしてみる」というのも一つあるんじゃないかと思います。関係性が不釣り合いになってしまったり、ズブズブに依存してしまったりというのって、「適した関わり方ができていない」とも言えるんじゃないかって。

同じ相手でも、いろんな関わり方を試してみる。例えば民芸とかいいんじゃないですか? 一緒に皿を焼いてみるんです。なかなか、「恋人と皿を焼く」という共同作業を試したことがある読者はいないでしょう(笑)。やったことがないことを一緒にやることで、相手も自分も違う一面が見える。結論を出す前に、試してみてもいいんじゃないかな。外を走る。おいしいものを食べる。皿を焼く。そういうので解決することって結構多いと思います。

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「あなた独自の痛みを誇ってほしい」。「愛」とともに生きるための、二人の提言

──最後に、「愛」に悩むユースたちに激励の一言をお願いします。

戸田:「愛」や「恋愛」を考えて、悩むことは美しいことです。どんなに惨めな思いをしても、尊いこと。惨めになるのは「もっとこうありたい」という気持ちがあるからこそですからね。

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戸田:さっきも話しましたが、「愛」は練習です。修行だと思って強くなってください。心に怪我をすることはあるけれど、同じくらい痛い思いをしている人は必ずいます。一人じゃない。それと同時に、あなたの痛みはあなただけのもの。「独自の痛み」を知っていることを、どうか誇ってくださいね。痛みをお守りのように持っていてほしい。その痛みがどうしてもつらかったら、カラオケに行って悲しい恋の歌でも大きな声で歌いましょう。

九月:いいですね(笑)。僕からも、どんな痛みや苦しみがあっても胸を張って生きていいんだ、ということを言いたいです。僕や戸田さんも「愛」の正解を知らないし、誰も「正しい愛し方はこうだ」なんて言えない。でも、だからこそこういう対談記事があって、読んでくれているあなたと僕たちが文字でコミュニケーションできる。誰といつ出会うかってわからないじゃないですか。新しい出会いのときになるべくいい顔で出会いたいでしょうから、胸を張って行きていきましょう。胸を張ったほうが、カラオケでも声が出ますから(笑)。

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編集者・ライター
生駒 奨

ファッション、アート、映画、文芸、スポーツなどさまざまな分野で編集者・ライターとして活動。企業のオウンドメディアでのコンテンツディレクションにも携わる。好きなものはビーグル犬、洋服、森博嗣の小説、ホラー映画。
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