「短歌を始めて、歌集を出して、やっと人生の『呪い』から解放された気がするんです。これからは、人の目線を気にせずやりたいことをやろう、って」
そう語るのは、歌人・エッセイストの上坂あゆ美さんだ。2017年から短歌を作り始め、2022年には第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)を刊行。以来、雑誌やWEBメディアへの短歌・エッセイの寄稿を中心に、Podcast番組の制作、スナック開業など、独自の活動を展開してきた。
そんな上坂さんが言う「やりたいこと」とは?稀代の歌人が挙げるバケットリストを紹介する。
上坂あゆ美
1991年生まれ、静岡県沼津市出身。東京都在住。2022年2月に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』(書肆侃侃房)刊行。その他の著書に『無害老人計画』(田畑書店)、『歌集副読本』(ナナロク社)などがある。Podcast番組『私より先に丁寧に暮らすな』を週2回程度のペースで配信中。毎週水曜日には「スナックはまゆう」のカウンターに立つ。銭湯、漫画、ファミレスが好き。
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Podcast:上坂あゆ美の「私より先に丁寧に暮らすな」
「昔からやりたいこと、なりたいもの、欲しいものってあんまりないんです」と語る上坂さんが、悩みながらも提示してくれたリスト。特に気になった5つについて、込められた想いを詳しく聞いた。
「樹木希林(概念)」になりたい
―「樹木希林(概念)」の(概念)の部分が気になりました。これはどういう意味でしょうか?
樹木さんは魂の格が高くて本当に素敵な人だなと思っているのですが、本人になれるわけじゃないので(概念)で(笑)。今回、バケットリストということで、「最終的にどんな人間になりたいかな?」と考えたら「魂の格が高い人」かなと。そうならないと死ねないですね。
―「魂の格が高い」というのは、具体的にはどういうことですか?
樹木さんにお会いしたこともないのでメディアを通じた情報だけで言ってますが、性別や年齢などを超越した存在というイメージがあって、そういうところに憧れています。本業で素晴らしい仕事をするだけでなく、自殺してしまう若者を救いたいという気持ちで講演会を開いたりもされていて、彼女のそういう生き方を見て「魂の格が高いなぁ」と感じます。
生前葬をしたい
―近年の若い世代には「葬式などしなくていい」という価値観も広がっている気がしますが、上坂さんが「生前葬をしたい」と考えるようになったのはなぜですか?
私ももともとは「葬式いらない」派でした。でも、ある時友人が「葬式は残された側の人が気持ちを整理するためにやるもの。もしあんたが私より先に死んだら、私はあんたの葬式やりたいよ。やらせてよ!」と言ってきて、「なるほど」と(笑)。
でも、せっかく私のために葬式をしてくれるなら、そんなの私も絶対見たい。自分の人生に関わるすべてを見届けたいという気持ちが強くあるのですが、葬式なんてほぼ今世の“卒コン”じゃないですか。自分の卒コン、見たくないですか? だから生前葬をリストに入れました。
―どんな生前葬が理想ですか?
身内や知り合いだけじゃなくていろいろな人に来てもらって、オリジナリティのあるものをやりたいですね。参加者みんなおしゃれなお洋服で着飾ってきてほしいし、ダンスとか楽しい催しをたくさんやりたいです。スケジュール的には、例えば余命1年を宣告されたらそのタイミングから企画やスタッフ・演者のブッキングを始めて、余命数か月前までにローンチしたいですね。元プランナーの血が騒ぎます。
自分のキャラソンを作りたい
―「キャラソン」とはアニメキャラクターのイメージソングを担当声優が歌う楽曲のことですよね。キャラソンを作りたいと考えたきっかけは?
単純にキャラソン、大好きなんですよね。私は自分を客体化して見る癖があって、人生ですっごくヤバい状況に追い込まれたときも、「はい、来た! ここから私の人生第2章が始まりました!」って考えてたりする。自分がキャラクターだと思うと辛いことがちょっと楽しくなってきます。
―なるほど。ご自身をアニメやフィクションのキャラだとしたらどんなキャラだと思いますか?
うーん、主人公か悪役かのどちらかでしょうね。すごく極端な性格だとは自覚してます。『ハリー・ポッター』シリーズなら、グリフィンドールかスリザリンのどっちか。でも、知り合いに「上坂さんはダークヒーロー」って言われたこともあります。
―もし実際にキャラソンを作るとしたら、どんな曲調をイメージしていますか?
えっと、キャラソンって大きく分けて2種類あるんです。1つは「自己紹介系」で、そのキャラの特徴、生い立ち、技とかダイレクトに人物像が伝わる歌詞がラップのように詰め込まれているタイプ。もう1つは「イメージソング系」で、具体的な固有名詞は出ないけど、そのキャラっぽさが伝わる雰囲気の歌詞と曲調で構成される。その2つで言うと、私は「イメージソング系」で出したいかな。
私は「暗いことを明るく言う」のが好きなので、めちゃくちゃテンポが早くてアッパーな曲に、自分の人生を描写したフレーズとか、重めな歌詞を載せたいです。
―作詞・作曲を依頼したいクリエイターは決まっていますか?
いっぱいいます。めちゃくちゃいますよ!! でも、今はまだお名前を出す段階じゃないかなと。徳を積んで、本当にお願いできる立場になったら相談しようと思っています。
学生時代めちゃくちゃ嫌われてたあの子に理由を聞きたい
―学生時代の友だちと関係が拗れたまま疎遠になってしまうことってありますよね。上坂さんがそうなってしまった経緯をお聞きしてもよいですか……?
美術系の予備校に通っていたんですけど、同じ予備校だった女の子にめちゃくちゃ嫌われてて。でも、その子とその子の彼氏と私の3人だけ、同じ美大の同じ学科に受かっちゃったんです。当然気まずくて、大学では基本1人で行動していました。そうしたら、向こうは学科中に私の悪口を言いまくってて、皆から嫌われている気がしてしまって……。それで大学1年生の時、ほとんど学校に行けなかったんです。
―それは辛いですね……。嫌われる原因に心当たりは……?
正直、私の態度が悪かったせいかなと思ってはいるんです。私の歌集を読んでくれた人はわかると思うのですが、当時の私の家庭は問題だらけで、心が死んでしまっていて。自分のことでいっぱいいっぱいだったんです。だからその子がちょっとふざけたときに「は? 意味わかんない」みたいに、あまりにも冷たい対応をしてしまった気がする。
とはいえ、実際の理由はわからなかったので、一度聞きにいったんです。「なんで私のこと嫌いなんですか?」って。でも、その時は面会を拒絶されてしまって、それっきり。
―なるほど……。それでしばらく時間をおいて再挑戦したいと?
はい。やっぱり、人生で最悪だった時期の記憶って結構薄れていっちゃうんです。自分の態度が最悪だった時のことを、その子の視点で再認識したいという気持ちもあります。
それに、本当に私が悪いと答え合わせができたらしっかり「ごめんなさい」って言いたいし、逆に彼女の逆恨みや私怨の要素もあるようなら、「じゃあもうこれっきりね」って水に流して次に進みたい。死ぬ前の走馬灯にこのことが出てきたら嫌だから、生きてる間に聞いておきたいな、という気持ちです。
10代、20代のための活動をしたい
―上坂さんの歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』では、地元・沼津に住んでいた時代のままならなさを描いた歌が多くありますね。若者に向けた活動へのモチベーションは、そのあたりにあるのでしょうか?
そうですね。私は10代のころが人生で一番辛い時期でした。そこから歳を取れば取るほど生きやすくなっていって、「あの時死ななくてよかったな、あぶねえあぶねえ」という気持ちがすごくあるんです。
それを思うと、今の10代、20代のほうが絶対人生辛いなと。SNSに縛り付けられて、いろんな社会問題が深刻化していて、若者の人口はさらに減っていて。
なので過去の自分のように、地方で孤独を感じている10代の子や、文化教養や経済資本が潤沢じゃない子たちのために何かできないかなっていうのは、ずっと考えています。
―具体的には、どんな取り組みを考えていますか?
現状、私は「歌人」と紹介されることが多いですが、短歌一本では多くの若者にアクセスするのが難しいなと思っています。今は「短歌ブームだ」とも言われますけど、実情としては都心部の品揃えがいい書店が近くにあったり、文芸に詳しい人が身近にいたりする状況じゃないとまず辿りつかないものですから。
そこでTikTokerやYouTuberになろうかなとも考えたんですけど、私の部屋が狭いし汚いから撮影が難しくて……(笑)。『私より先に丁寧に暮らすな』は、「じゃあまずは音声だけで配信できるPodcastにするか」ということで始めたという一面もあります。
あとはやっぱり学童とか、青少年がいる教育現場での活動はもっと増やしていきたいですね。以前、立川の高校で短歌の授業をしたことがあったんですが、アンケートに「3年間の授業で1番面白かったです」って書いてくれた生徒がいて。もっと他にもあるでしょと思ったんですけど(笑)。やっていれば届くものだな、と強く感じましたね。
バケットリストから見える
上坂あゆ美の人生観
―今回バケットリストを書き出してみて、ご自身の人生に対する気づきはありましたか?
私はもともと、夢とか目標をあまり持たない人生を歩んできました。身の回りで大変なことが多すぎて、そんな余裕がなかったんです。行動はすべて「他者目線」で、「あいつに負けたくないから」「私を嫌っていたあの子を見返したいから」というのがモチベーションでした。
それが、短歌を始めて、歌集を出した時に自分にかけてしまっていた「呪い」が解けた感覚があったんです。そこからは、自分が「やりたい」と思う気持ちだったり、若い世代の役に立てるかもしれないということだったりを優先するようになりましたね。
―リストには多くの人が悩む「お金」や「仕事」に言及するものがありませんでした。それはなぜなのでしょうか。
家が貧しかったので以前はお金にばかり執着していたのですが、会社員時代、目標にしていた年収額にたどり着いた時、「お金さえあれば幸せってわけじゃないんだな」と思いました。今は出世や肩書きに頓着がなくて、私は私がかっこいいと思うこと、面白いと思うことだけに関心があります。
肩書きで言えば、今は「歌人」と紹介していただくことが多いですが、すでに短歌よりエッセイを書く仕事の方が多いし、スナックをやったり、ラジオ『オールナイトニッポン0』に出たり、Podcastをやったり。今はまだ言えませんが、夏ごろには全然違う活動も予定しています。本当に「人生これから」で、バケットリストが増えていく日々です。