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エンタメ

忘れえぬ言葉たち #1

maco maretsが2024年初夏に出合った5冊

author: maco maretsdate: 2024/08/20

Beyond magazine 読者のみなさん、はじめまして。ラッパー/詩作家として活動しているmaco marets(「マコマレッツ」と読みます)です。今回から、わたしが最近読んだ書籍について紹介する連載「忘れえぬ言葉たち」がスタートすることになりました。

あくまで個人的に、趣味として読書を愛好していただけの人間がこうしてメディアで連載の機会をもらえるなんて……なんだか素敵なウソのよう!  いったいどんなシリーズになるのか自分でも分かりませんが、気負わず素直に、そのとき読んで面白かった/シェアしたいと感じたタイトルについてお話ししたいと思っています。かけがえのない1冊、忘れえぬ言葉たちとの出合いを、みなさんと共に分かち合うことができたらうれしいです。

maco marets

1995年福岡生まれ、現在は東京を拠点に活動するラッパー/詩作家。自身7作目となる最新アルバム『Unready』に至るまでコンスタントに作品リリースを続けている。

Instagram:@bua_macomarets
X:@bua_macomarets

日常のささいな出来事が心地よく沁みる『原民喜童話集』

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原民喜『原民喜童話集』(イニュニック, 2017)

原民喜といえば毎年8月になると話題に上る『夏の花』という作品を知っている方は多いかもしれません。広島で被爆した作家として、戦争の悲惨さを訴える作品を書き続けた彼の、従来のイメージと異なるおだやかな表情にスポットを当てたのがこの『原民喜童話集』です。わたし自身、著作のいくつかを愛読していたものの、こうした童話のアンソロジーがあるとは認識していませんでした。連載の参考にと開いた書評エッセイ『図書館の外は嵐』(穂村弘著, 文藝春秋, 2021)で初めてその存在を知り、ようやく読むことができた。

なにせ「童話」ですから、収録作品のどれもが非常に短く、子どもが読みやすいよう優しく平明な言葉づかいで書かれています。ただ、ストーリー自体は分かりやすい大きな事件が起きるというよりは、日常のささいな出来事をすくい取ったような、ときにはどこか尻切れとんぼのような印象で終わるものがほとんど。子どもが読んで面白いのかしら? と思わなくもありません。でもその「劇的でなさ」こそがいまの自分には心地よく沁みるようでした。

そう、魔法の杖や、しゃべる動物が出てこなくてもいい。たとえば「誕生日」という作品で主人公の少年が姉からもらう「チリンチリンといい響のする、小さな鈴」や、「遠足で拾った美しい紅葉の葉」のなんと愛おしいことか! そこにあるのは、当たり前のような、ささいな事物の一つひとつに輝きを見出す子どもの澄み切ったまなざしです。そんな感受性を摩耗させてきたわたしたち、大人にこそこうした「童話」が必要なのかもしれません。

癒しがたい傷に寄り添う言葉の発光『ギリシャ語の時間』

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ハン・ガン『ギリシャ語の時間』(晶文社, 2017)

本を読んでいると、ふと「あっ、これはすごい作品だ」と感じる瞬間があります。それが訪れるタイミングはまちまちですが、わたしにとってこの『ギリシャ語の時間』は、もう、最初から特別でした。冒頭の一節から書かれた言葉が発光しているようで、あまりにまぶしくて。「やばい」と本を閉じたまま数か月読むのを中断してしまった。 何がそこまでの感動をもたらしたのか、はっきりとは分かりません。それでもたしかに「これはわたしの求めていた小説だ」と、そう思わされる何かがここにあったのでした。

著者のハン・ガンは韓国出身の作家で、英国「ブッカー国際賞」をアジア人として初めて受賞するなど、国境を超えて高く評価されている書き手です(同賞を受けた代表作『菜食主義者』はわたしが最初に触れたハン・ガン作品。これも個人的に大きな衝撃を受けた1作です)。

本作『ギリシャ語の時間』にも共通して見られる物語の特徴は、登場人物の一人ひとりが容易には癒しがたい傷を抱えていること、それでも「生き続ける」その決意を描いていること。痛みと共にある人々の、心と交流を描いた末のクライマックスは息を呑む美しさです。ぜひ読んで、小説の持つ力を感じてみてください。

小説“未満”の作品から見えるカフカの人物像『カフカ断片集』

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カフカ『カフカ断片集』(新潮社, 2024)

変身』『審判』『』などの作品を残し、誰もがその名を知る作家の1人であるフランツ・カフカ。没後100年となる今年(2024年)はさまざまな関連書籍が出版されているのですが、本書『カフカ断片集』はカフカの遺稿からとくに小説"未満"のテキスト、短いものだとたった一行程度の言葉の「断片」を編集した内容になっています。ページをめくるたびあらわれる謎かけめいたフレーズの数々は奇妙で難解、でも同時にハッとするような美しさをも備えていて。冒頭に挙げた代表作にも共通するカフカのエッセンスを、ぎゅっと凝縮されたかたちで楽しめます。

加えて、これは編者の方針によるものでしょうか。ただただ不可思議&シュールなイメージを強調するわけではなく、ユダヤ人として生まれたカフカが、社会的に抑圧されている者たち、マイノリティたる人びとの立場を表している(とも読める)テキストが随所に配置されています。そこには現代社会を生きるわたしたちにとって決して「過去」でも「異国」のものでもない声を聞き取ることが可能だと感じました(たとえば〔特権を維持〕*本文 p.81 という1文などは体制への批判的なトーンを明確に含んでいます)。

「断片」の集積であるがゆえに、一面的でないさまざまな表情のモザイクとして作家の姿が浮かび上がってくる。初めてカフカに触れるという方にもおすすめしたい1冊です。

ユース世代の編集者が紡ぐZINE『Decolonize Futures —複数形の未来を脱植民地化する』

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酒井功雄、saki・sohee 編著『Decolonize Futures —複数形の未来を脱植民地化する』(Decolonize Futures, 〜2024)

今年の夏も暑い、とにかく暑い日々が続いていますね。年々上昇し続ける気温に苦しめられているわたしたちですが、このグローバル・ウォーミングはもう止めることのできない事象なのでしょうか? 止められないとしたら、それはなぜ? 

気候変動だけではありません。貧困、人種差別、戦争。パレスチナで起きている、許されざるジェノサイド。同時代を生きるわたしたちにとって喫緊の諸問題を議論するとき、その根底には他者を単一の世界観のもとで支配しようとする抑圧的な構造、「植民地主義」が関係していることを忘れてはならないと指摘するのがこのZINEシリーズ『Decolonize Futures —複数形の未来を脱植民地化する』です。

第1巻、第2巻のテーマはそれぞれ「反人種差別、フェミニズム、脱植民地化」「脱植民地化と環境危機」。国内外の専門家へのインタビューを通して、気付かずと内面化され忘れ去られている「植民地主義」の歴史的な文脈を掘り起こし、西洋中心的な単一の世界観を解体するためのヒントを提示してくれる内容になっています。

あらゆる人々の実存、文化が抑圧されることなく、抹殺されることなく豊かに生き続ける「複数形の未来」はいかにして築くことが可能なのか。決して看過されてはならない、重大な問いかけがそこにあります。

不器用なコミュニケーションにやきもき&共感『百木田家の古書暮らし』

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冬目景『百木田家の古書暮らし』(集英社, 〜2024)

最後に漫画作品をひとつ。先日第5巻が発売されたばかりの冬目景・作『百木田家の古書暮らし』は、ある日突然神保町の古書店を任されることになったイチカ、ツグミ、ミノルの3姉妹、その三者三様の生活と人間模様を描いたシリーズです。

とくに中心となって描かれるのは、次女・ツグミと隣人・梓沢(あずさわ)の心のかけひき。それぞれの思惑から言葉を交わす2人は、分かりやすい恋愛関係からは遠く離れた場所にいて、そうなることを強く求めているわけでもなくて……けれどなんとなく互いのことが気になってしまっている。両者の不器用なコミュニケーションのありようはとにかく一進一退、読者としてはやきもきさせられるのですが、「自分を正しく認識できなくて…/いえ…認識する勇気が無いから」とこぼすツグミの、整理のつかない心情の表現にはわたし自身共感できる部分がおおいにあり、決して他人事とは思えません。

作中たびたび登場する古書店の倉庫、その場所で所狭しと積まれている埃を被った本の数々のように、片付けられないままでいる過去と未消化の感情たち。それらとどう向き合っていくのか、そして前に進むことはできるのか? 登場人物それぞれの答えを見届けるため、今から次巻(なんと来年の冬発売予定とのこと。遠い……)を心待ちにしているところです。

Text :maco marets
Edit :白鳥菜都

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ラッパー・詩作家
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1995年福岡生まれ、現在は東京を拠点に活動するラッパー/詩作家。自身7作目となる最新アルバム『Unready』に至るまでコンスタントに作品リリースを続けている。
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