自動車業界に精通したオート・アドバイザーの若林敬一が、気になるクルマメーカーのキーマンと対談する連載企画。第2回目のゲストは、スポーツカーの原点ともいえる911とEVを代表するタイカンで存在感を発揮するポルシェジャパンでマーケティングを担う前田謙一郎氏。加速するEV化の中でのポルシェの戦略とマーケティングについて話を聞く。
伝説の911の走りをSUVでも実現
若林 ポルシェといえば伝説の名車911が代名詞ですが、最近は、SUVやEVも積極的に展開し人気を呼んでいますね。
前田 国内での売上のメインは911とSUVのマカンが半分くらいずつで、それぞれ年間販売台数が2000台ほどです。日本は世界に比べるとスポーツカーマーケットが強いのが特徴ですね。
若林 911が人気なのは当然ですが、マカンやカイエンのようなSUVも着実に多くのファンを獲得しているんですね。
前田 ポルシェのSUVは、ガソリン車のマカンとハイブリッドのカイエンです。サイズ的に小さいマカンは日本でも乗りやすく、中型SUV輸入車では最も人気の車種で、他ブランドがベンチマークにするほど。911と並ぶポルシェの屋台骨になっています。
若林 競合がひしめき合うSUVマーケットで、ポルシェの持つブランド力は大きな差別化になりそうですね。
前田 911のエレメント(要素)が入った“走り重視のSUV”というのが大きな魅力です。カイエンはクーペタイプもあって、SUVよりも販売台数が多いほど、走りにこだわっています。
若林 2018年に911の8代目新型モデル911カレラ(992型)が発売になりました。歴史あるこれまでの911との違いはどこにあるのでしょう。
前田 ポルシェには、「最新のポルシェが最良のポルシェ」という言葉があります。911カレラは、911ですでに完成されているものを、さらにリファインして進化させたクルマといえます。
完全EV化にシフトする中、誕生したポルシェ初のEV「タイカン」
若林 スポーツカーのポルシェで、EVのタイカンがめちゃくちゃ売れているというのも面白いですね。
前田 タイカンは2019年9月に発表して、日本では2021年1月に発売したポルシェ初のEVです。
ポルシェでは、今年の3月にポルシェAG会長のオリバー・ブルーメが「ストラテジー2030」を発表。「2030年までにカーボンニュートラルの実現」、「新車販売で売上げの8割を電気自動車にする」と宣言しました。つまり、2030年までには、完全EV化へ大きくシフトするというのが我々の方針です。
若林 前田さんはヨーロッパで自動車電気機器メーカーを経て、帰国後、アウディ、ジャガー・ランドローバーなど輸入プレミアブランドのマーケティングを経験。その後、テスラを経て、現在、ポルシェのマーケティングを担っています。EV戦略にはテスラでの経験も大きく役立っていそうですね。
前田 そうですね。テスラはクルマというよりもエネルギーの会社です。自動車業界以外の場所から「未来の電気自動車」を発想するという経験は、現在のポルシェでの仕事にも大きくプラスになっていますね。
「スポーツカーを完全電動化する」という使命
若林 ポルシェがEVを出す意義については、どのように捉えていますか。
前田 ポルシェでは75年間、スポーツカーをつくることで「クルマに乗る楽しさ」を追求してきました。そのポルシェの今の使命は、「スポーツカーを完全電動化する」ことにあります。実際、タイカンは、ポルシェのエンジンが電池と電気モーターに変わったようなもので、走る楽しさを体感できます。
若林 スポーツカーの完全電動化という点が、ヨーロッパであっという間に大ヒットした理由なんでしょうね。
前田 ヨーロッパやアメリカで初期のEVを購入したアーリーアダプターは、もっと所有欲を満たせてスポーティに乗れるEVがほしいというニーズを抱えていました。そこにぴったりはまるのがタイカンだったんです。
一方、日本はハイブリッドが主流となったこともあり、欧米に比べるとEVへの動きが鈍いのは否めませんね。
若い人たちに「ポルシェはカッコいい」という体験を
若林 時代のニーズはEV。その新しい時代に向けて、ポルシェはどのようなマーケティング戦略を展開しているのでしょうか。
前田 マーケティング戦略の大きな課題として、オーナーの若返りというのがあります。現在の日本のポルシェオーナーは、平均年齢が約55歳。オーナーの高齢化は世界共通ですが、中国、韓国に比べても、日本は高い。女性比率がかなり低いのも日本の特徴です。
もっと若い人たちにポルシェに乗ってもらいたい。そのための戦略をさまざまな形で展開しています。
若林 具体的にどのような施策を行っているのですか?
前田 まず20年7月から21年3月まで、有明に「ポルシェNOW東京」というポップアップストアをオープンしました。さらに9月に渋谷のMIYASHITA PARK、12月には原宿駅前で「タイカン ポップアップ」を期間限定で実施。22年3月には、常設ストアとして都市型コンセプトの「ポルシェスタジオ日本橋」もオープンしています。
「ポルシェスタジオ日本橋」は、スタジオというコンセプトを取り入れた国内初の都市型ショールーム
若林 ポップアップや都市型スタジオは、ポルシェが顧客のいる場所に出向くのが狙い?
前田 その通りです。若い人たちがいるところに店を出して、実際に見て、触ってもらうようにしました。
ポルシェって「お金持ちのクルマ」というイメージがあるので、ショールームも敷居が高いんです。でも、今はアップルストアのように、「体験して、よかったら買う」という時代。
特にタイカンは充電やEVならではの乗り心地など、新しいクルマですから、体験することでそのよさを知ることができます。リアルに体験してもらうことで、「ポルシェってやっぱりすごいんだね」と若い世代に感じていただきたいと思っています。
若林 “選ばれし者のクルマ”というイメージのポルシェ自らが、消費者のところに近づくというのは、ある意味驚きの戦略ですね。
前田 正直、ポップアップやスタジオに来る方が、すぐにポルシェを買ってくれなくてもいいんです。ただ、そこで「ポルシェってカッコイイ」と20代の方が感じてくれれば、その人たちが将来、30代になったときに「ポルシェを買う」という行動につながると思っています。
そのための体験を提供する最たる場所が、ここ「ポルシェ・エクスペリエンスセンター東京(PEC東京)」です。
若林 PEC東京は、21年10月に日本でオープン。ポルシェにとって、世界で9番目の施設ですね。
前田 最大の魅力は、全長2.1kmコースで、「911」や「マカン」、「カイエン」など、ポルシェを実際に運転できるドライビングエクスペリエンスです。ショールームでの試乗は10分程度しかできなくても、ここなら好きなだけポルシェの車を体験できます。
ファッション、アート、カルチャーの切り口からアプローチ
若林 若い層へのアピールとして、ほかにはどんな仕掛けを考えているのでしょう。
前田 ポルシェはそのブランドヒストリーから、ファッションやアート、カルチャーという切り口でも語れるという強みがあります。多くのファッション関係やアート関係者が古いクラシックポルシェに乗っていますが、その理由は「カッコいい」から。その人たちがインフルエンサーとなって、いろいろな方がポルシェに興味を持ってくれるようになります。
実際、本国でもそういうアプローチを重視していて、現代アーティストやファッションデザイナーとコラボレーション。クルマという文脈ではリーチできなかった人に、ファンション、アート、カルチャー切り口でアクセスするのがグローバル戦略です。
「コミュニティでの体験」重視のマーケティング
若林 今後はクルマのシェアリング、リースだけでなく、サブスク化も進むと言われています。このあたりの戦略はいかがですか。
前田 2021年に、「ポルシェドライブ」というレンタカーサービスをトライアルで実施しています。しかし、これはサブスクというより、ポルシェのいろいろなクルマを多くの人に体験してもらうのが目的でした。サブスクについては、今のところ、特に考えてはいませんね。
若林 あくまでも「オーナーカー」として、所有欲をきちんと満たしていく、と。
前田 そうですね。所有欲を満たすというのはもちろん重要で、それを象徴するひとつがオプションのBuild to Orderです。お客さまのリクエストするものは、すべてお応えする。それがポルシェを所有する満足感に通じます。
同時に、今、ポルシェが注力しているのが、「ポルシェコミュニティでの体験」。ポルシェには、オフィシャルクラブが2つあります。ポルシェオーナーの「ポルシェクラブ・ジャパン」と、ポルシェの最初のクルマ「356」のオーナーで構成される「356クラブ」です。
それらのコミュニティと一緒になって、ポルシェ好きのコミュニティとして交流を深めていこうと思っています。例えば、ここPEC東京にクラブメンバーで集まってイベントを開催するというのも、考えていきたい。
将来的には「ポルシェEVクラブ」のようなコミュニティも、ぜひつくりたいですね。
ポルシェは“夢のブランド”であるという原点回帰
若林 最後にポルシェジャパンのマーケティングを率いる立場として、前田さんがこだわるポリシーを聞かせてください。
前田 ポルシェのブランドミッションは、創業者のひとりであるフェリー・ポルシェの言葉、「In the beginning looked around and could not find the car I dreamed of. So I decided to build it my self」(私は自らが理想とするクルマを探したが、どこにも見つからなかった。だから自分で造ることにした)です。ビジョンは「The brand for those who follow their dreams」(夢を追い続ける人のためのブランド)。
このミッションやビジョンは、まさに体験やコミュニティにつながるもの。そこにきちんと原点回帰して、ブレないことが大切です。そのうえで、「ポルシェは“夢のブランド”であり、“夢のクルマ”」ということを、より多くの方々に理解してもらいたいですね。
もうひとつは、世界から遅れをとっている日本のEV化を推し進めると同時に、サスティナブルに「スポーツカーを楽しむカルチャー」を醸成したい。それができるのが、タイカンです。世の中のほとんどのクルマがEVになったときも、「クルマで走ることが楽しい」世界を実現していきたいと思っています。
取材を終えて~編集担当・川端由美~
国産車メーカーでマーケティングや広報の重責を経験された後、ハイエンドの輸入車ブランドでもマーケティングと広報部門を率いた経験を持つ若林敬一さんに、スポーツカーの代名詞ともいえるポルシェのブランド戦略についてお話を聞いていただきました。
従来、ポルシェといえば、「911」に代表されるスポーツカーのイメージが圧倒的でしたが、電気自動車の「タイカン」を発売して以降、日本でも急速にEV市場におけるプレゼンスを高めています。実は、従来からSUVやサルーンでもPHVモデルの人気は高く、EVの発売にあたっても、スポーツカーのブランドイメージを毀損することなく、むしろ、次世代のスポーツカー・ブランドとしてのポジションを確立する方向にあります。
今回、対談をお引き受けいただいた前田さんは、実は若林さんとは、以前にハイエンドの輸入車ブランドで共に働いたことのある、いわば“戦友“のような存在。その後に、テスラのようなEVの急先鋒となるブランドでマーケティングを経験したことと合わせて、忌憚のないところをお話していただきました。
新設されたばかりのポルシェ・エクスペリエンスセンター東京を取材させていただいた上で、マーケティングの専門家同士として意見を交わし、深掘りした内容となりました。次世代に向けた自動車のマーケティングのあり方を、あらためて考えさせられる興味深い対談でした。
Text:工藤千秋
Photo:佐山順丸