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「モヤっとした何か」は自分だけじゃない

山本朱音┃アイデンティティの根底と向き合い続けて、描き続ける「私と弟」

author: Naomidate: 2024/09/27

ひと目見たら忘れられない、強く鋭い眼差しを向ける存在を描き続けている、画家の山本朱音(あやね)さん。多摩美術大学に在学中から、ロンドン、パリ、ソウルなどでグループ展や個展を行い、作品のコレクターのほとんどが海外の方だという彼女が、2024年春、東京・代々木のGallery10[TOH]で個展『デッドウェイト』を開催しました。

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「デッドウェイト」とは、積載可能な貨物重量の最大値で、それ以上積んでしまうと危険という値を示す言葉。

何とか平静を保ちながら両手に抱えてはいるけれど、実は物理的にも精神的にもギリギリの状態……というのは、誰もが少なからず経験したことがあるのでは。

どこか物憂げでありながら、いろいろな感情を想起させる作品が並ぶギャラリーで、テーマにしている「弟」や「家族」という存在について、これまでとこれからの活動についてお伺いしました。

藝大生ではない、受賞経験がない。それでも海外からオファーが届く理由

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19世紀末に活躍した、アイルランド出身の詩人・劇作家のオスカー・ワイルド。彼の作品に挿絵を描いていたオーブリー・ビアズリーやアラステラのような絵を描きたい、イラストレーターや挿絵画家になりたい、と中学1~2年生ぐらいで美大への進学を考えていた朱音さん。高校1年生のときから美大受験のための予備校にも通い、多摩美術大学絵画学科油画専攻へ入学します。

朱音さん:当時は、「多摩美の学生」の肩書きがあるうちに、何かしらの足がかりをつくらなければと必死でした。作品を多くの方に見ていただく機会を作ろうと、自腹を切って場所を借り、展示をしていましたね。

大学2年生のときに、地元の静岡での個展を経て、東京で最初に個展をしたのが、原宿の「DESIGN FESTA GALLERY」。

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翌年には大学の同期と3人で、「新宿眼科画廊」でのグループ展を企画しました。そのたびに自分でInstagramの広告を運用したり、積極的にSNSで発信したりして。おかげで、グループ展の企画や、海外での個展にも呼んでもらえるようになり、今にいたっています。

根底にはずっと、「絶対に見返してやる」という気持ちがあるんです。応募した公募展では一度も賞をもらったことがありませんし、大学受験では1年浪人していますが、やっぱり、「東京藝術大学の油画科へ行けなかった」というコンプレックスを、どこかでずっと引きずってきました。

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――その気持ちが積極性と行動力につながり、世界各国での展示につながっているのは素晴らしいと思います。国内と海外とで、朱音さんの作品への印象や、投げかけられる言葉に違いはありますか。

朱音さん:そうですね、例えば海外では日本でのオープニングより、「この作品にはこんな印象を受けた」といった会話が、とてもカジュアルに交わされていた気がします。

私はメデューサをモチーフに描くことがよくありますが、「なぜメデューサなの?」と質問をされますね。

「思考が散漫になる状態を、メタファーとして描いている」と答えると、「なるほどね。ギリシャ神話についてはどう思う?」と聞かれ、「今の美術史のフェミニズムの流れや象徴として、メデューサが用いられることには同意する」など、会話が続いていくこともあります。

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――朱音さんが描いている作品やテーマは、国内外で共通して関心が高まっているものと言えます。まさに世界の現代美術の動向に、とてもフィットしているのかもしれませんね。

朱音さん:そうかもしれません。私が作品の制作意図について、どちらかというとネガティブなイメージで話をしても、相手からは少しポジティブな言い回しで反応が返ってくることもあって。

その瞬間は、「いや、違うなぁ」と思っても、「そんな風にとらえてもいいのかな」と考えるきっかけになることも。2023年にロサンゼルスで展示したときは、皆さんの気に入ってくれた作品が見事にバラバラだったのも、印象に残りましたね。

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「障害のある兄弟」をもつ自分という存在として描き続ける

朱音さんの7歳下の弟は、発達障害のひとつである、「自閉スペクトラム症(Autism Spectrum DisorderASD)」の診断を受けています。

精神的または身体的な障害があったり、医療的ケアが必要な状態だったり、という兄弟、姉妹をもつ、障害を持たない(定型発達)子どものことを、「きょうだい児」(成人後は「きょうだい者」)と呼びますが、あまり一般的に知られた言葉ではありません。

朱音さん自身も、自分が「きょうだい児」にあたることを知ったのは、大学生になってから。「調べているうちに、自分がずっと抱えてきた、モヤっとしたものがはっきりしたように思った」と話します。

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――朱音さんご自身は、ずっと「きょうだい児」として育ってこられて、弟さんとご自身の関係も含めて作品を見てほしい、知ってほしい、というお気持ちがありますか。

朱音さん:そうですね。日本では、福祉や障害のある人の生活って、どうしても身近にいないと見えないし、知る機会も少ないので、弟をテーマに描いている私の作品をきっかけに、美術側から接点をつくれたら、と考えています。

また、これまであまりスポットライトが当たってこなかった「きょうだい児」という存在も、もっと知ってもらえたらいいですね。

――弟さんやご家族のことを、明確にテーマにして描くようになって5年ほどが経つと思いますが、正直、精神的に辛くなってしまうことはありませんか。

朱音さん:アイデアやテーマを考えているときは、気持ちが重くなることもあります。ドローイングも、ですね。カラフルな色彩で描いていく作品も、そのときに自分が何を感じていたかを考えたり、思い出したりしながら、ということもあるので、たまにキツくなります。

そんなときは別のシリーズを描いたりして、バランスを取りながら取り組んでいます。例えば、こちらの作品群は、決まった色で描いていくので、描くという作業に没頭できますね。

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「これ以上悪くならないように」「どうやったら今よりマシになるか」

――創作活動は簡単ではないかもしれませんが、まさに朱音さんでなければ描けない、表現できない世界があると思います。大学生のころの作品と、卒業後、展示を重ねながら描いた直近の作品とで、ご自身では何か変化を感じていますか。

朱音さん:大学3年生くらいのころは、過去の罪悪感や、周囲に対しての恥ずかしさ、自分が小学生のときの記憶みたいなものをテーマに描くことが多かったです。

でも今は、自分と同じように、何かを抱えていたり、背負ったりしている人が実はたくさんいて、「表には出さないけれど、みんなそれぞれに何かしらの思いがあるし、大丈夫」という気持ちで描くようになってきています。

今の世の中、「大変」とか「辛い」って言うのが、どこかはばかられるようなところがありますが、「みんな、正直に言えばいいのに」って思います。「なぜ自分だけ、こんな思いをしないといけないのだろう」って考え出すと、周りへの攻撃性が増してしまう気がしますが、きっと誰もが「なぜ自分だけ」って気持ちになること、ありますよね。

――はい。朱音さんの考えが作品を通して観る人に伝わり、「自分だけじゃないんだな」と、どこかほっとするような感覚になったり、共感できたりするのかもしれません。そして、個展のタイトルである『デッドウェイト』で、ステートメントに書かれていた「他者志向性」という言葉も、しっくりきました。

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朱音さん:「他者志向性」とは、周囲の反応や考えなどを受けて自分はどうするか、という受動的な行動や思考、いわゆる「空気を読む」とか、「顔色を伺う」みたいなことですが、論文を探していたときに見つけてハッとして、面白いなって。「私がここで変われば、物事はスムーズになる」みたいなことを、私も考えがちなんです。

また、これは完全に私の主観ですが、私たちの世代って、社会の見方やこれからの未来に対してそれほど前向きでなく、どちらかと言えば仄暗いイメージを持っている気がします。「より良くなったらいいな」というより、「これ以上悪くならないように」とか、「どうやったら今よりマシになるか」みたいな考え方ですね。先が明るいぞ、というより、崩れる前になんとか補修しないと、みたいな(笑)。

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だから、「私の作品を観てこう思ってほしい」「スッキリしてほしい」というよりも、「モヤっとした何か」を考えてもらうきっかけや、自分の抱えているものが少し軽くなったらいいな、と思っています。

あと、障害を持っている人やその家族、周囲も、今よりはマシにできたらいいです。「今よりマシになれば」というと、少し後ろ向きなイメージがあるかもしれませんが、「マシに“したさ”」は、めちゃくちゃ強いです(笑)。

―― 「マシにしたさ」ってパワーワードですね(笑)。 その朱音さんのパワーの原動力って何ですか。

朱音さん:そうですね…、これまで弟にしてしまったことの罪悪感、でしょうか。あとは、「見返してやる」って思ってきたことや、作家としては華々しい経歴ではないですが、親を安心させたい、という思いも。いろんな気持ちや欲が混ざっている感じがします。

「弟と仲良いね」「お母さんと一緒に出かけていて良いね」って言われますが、面と向かっては言えない、好きだけではない複雑な感情もすべてひっくるめて、絵に向けているところはあります。あとは、母親が「気合いと根性」の昭和な気概の持ち主なので、どこかでそれを引き継いでいるのかもしれません(笑)。

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――最後に、これからの展望を伺いたいのですが、海外での展示のオファーがますます増えていきそうですね。

朱音さん:今はどこのギャラリーにも所属していないフリーなので、本当に手探りでキャリアを模索していますが、フットワーク軽く動けますし、国内での展示はもちろん、海外でどうやって活動していくか、は考えています。

弟や家族のことを考えると、今すぐに、というわけではないですが、いずれ一度は海外を拠点に活動してみたいですね。例えば、レジデンスでの滞在制作で一時的に、とかでも。最短距離で、ではないかもしれないですが、チャレンジし続けたいです。

山本朱音┃Ayane Yamamoto

1999年生まれ、東京都出身。2023年多摩美術大学絵画学科油画を卒業。目を見ると死んでしまうと言われるギリシャ神話の「メデューサ」や、ペガサスなどのようなキャラクターをモチーフに作品を制作。表情も性別もない彼らは群をなし、戦い、涙し、生きづらさゆえの葛藤を見せる。最低限の表情しか見せてくれないキャラクターたちは、それでも見つめること、戦うこと、そして理解されることを渇望している。これらの作品は発達障害を持つ弟との関係から生み出されている。

HP:Ayane Yamamoto
Instagram: @ayane_yamamoto_
開催予定の展覧会:
会場/Moosey(イギリス、ノリッジ)
会期/2025年6月19日〜
※詳細はHP、Instagramで随時更新


Photo:山田英博
Edit:山田卓立



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アートライター・文筆家
Naomi

服作りを学び、スターバックス、採用PR、広報、Webメディアのディレクターを経てフリーランスに。「アート・デザイン・クラフト」「ミュージアム・ギャラリー」「本」「職業」「生活文化」を主なテーマに企画・取材・執筆・編集し、noteやPodcastで発信するほか、ZINEの制作・発行、企業やアートギャラリーなどのオウンドメディアの運用サポートも行う。好きなものや興味関心の守備範囲は、古代文明からエモテクのロボットまでボーダレス。
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